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『忘れられたオフィス』 - アフリカのワンマン・オフィス

日本に固有な商社はと言えば、海外では主流となっている専門商社ではなく、総合商社になります。それは、非常に幅の広い商品を扱い、業務内容も極めて多岐にわたります。いまでは、海外で仕事をすることは当たり前になっていますが、半世紀ほど前だと、まだそれほどポピュラーなものではありませんでした。「海外で働きたい!」という人たちにとって、大きな受け皿となったのが、総合商社でした。経済小説の中には、商社を扱った作品が、非常に多く含まれています。また、多くの秀作が刊行されています。今回は、商社を扱った六作品を紹介します。なお、2022年1月25日~2月8日に商社をテーマにした、五作品が取り上げられています、そちらも参考にしてみてください。

「商社マンを扱った作品」の第一弾は、植田草介『忘れられたオフィス』(徳間書店、1994年)。アフリカ南部にあるジンバブエでワンマン・オフィスを構えることになった42歳の商社マン・五代英二の孤独な奮闘が描かれています。黒人政府を相手にした日本政府のODA(開発援助案件)ぐらいしか商売の種がないと言われたところで、新規ビジネスの開拓に奔走するのですが……。 独立直後のジンバブエの国情、経済援助の内容、アフリカの魅力などがよくわかる作品です。

 

[おもしろさ] 現地派か? それとも日本執着派か? 

商社マンには、自分の任地である国と国民を好きにならなければ良い仕事ができないと考える「現地派」と、常に日本に目を向けながら仕事をする「日本執着派」という二つのタイプが存在するそうです。それでも、アフリカとなると、自称現地派の連中も、途端に尻込みし、任地に着いた途端、帰国の日を数え始める日本執着派に変節してしまう傾向があるとか。とはいえ、アフリカには口ではうまく説明できない不思議な魅力があることもまた、確かです。「一度アフリカで暮らした者は、再び、アフリカに帰る」と言われるほどに。五代が「現地派」として仕事に打ち込み始めると、皮肉なことに不採算店ということで現地事務所の閉鎖の通知が届きます。「企業は、結果として出てきた数字以外を信じようとしない……。数字の裏で個人が流した汗は、コンピュータにインプットされることはなかった」という言葉が印象に残ります。

 

[あらすじ] 「喜びを分かち合う相手の居ないことが苦痛だった」

どの派閥にも属さず、部長とうまく合わせる努力を怠った、五洋物産特殊金属部副原料課長の五代英二にとって、アフリカへの赴任は、体よく追い出された格好の左遷人事でした。冬の時代に入った商社の中高年対策の一環でもあったのです。オフィスの中心となる商売は、日本政府からの無償援助・ODA。ただ、現地の役人たちにとっては、日本政府の喚起を呼び起こすことができるような実現可能なプランにまとめ、要請状をつくることは困難でした。そのため、案件を発掘し書類を整えるのは、基本的に日本の商社マンの仕事になっていました。政府の援助がらみの商売は、「少なくとも二割程度の利益が見込める」のです。が、ここは独立したばかりの国。日本の大手九商社の駐在員たちが小さなパイを奪い合うという激しい商戦が始まろうとしていたのです。オフィス探し、税制調査、事務所設立登記の手続き、現地社員の採用、テレックス加入といった仕事が一段落すると、「商社マンとしての闘争心」がわき起こり、商売のタネを探し始めることに。「苦しみには耐えられた。しかし、喜びを分かち合う相手の居ないことが苦痛だった」。