「商社マンを扱った作品」の第二弾は、咲村観『商社一族 小説穀物戦争』(講談社文庫、1983年)。1970~80年代にあって、アメリカのカーギル、コンチネンタルグレイン、フランスのドレフィス、オランダのブンゲ、スイスのアンドレイ・ガーナックもしくはクック・インダストリーズの五社は、「五大穀物メジャー」と呼ばれていました。世界の穀物流通のうち、圧倒的なウエイトを占めていたのです。その後、構成する会社の陣容には変化がありますが、そうした少数の巨大商社は、依然として穀物流通で大きな支配力を行使し続けています。本書では、アメリカを舞台に、穀物メジャーによる穀物争奪戦が勃発する中、もし食糧危機に陥ったら、いったいどのような事態が生じるのかという点と、そうした危機のリスクを予測し、事前に対応策を取ろうと奮闘する、東洋物産の穀物油脂部長・津島42歳の活躍が描いています。現在とは時代状況が異なっているとはいえ、「食糧危機とそれへの備え・対応策」を考える場合、大いに参考になる作品です。
[おもしろさ] 「食糧危機が来るなど信じない」
本書は、食糧自給率がきわめて低いわが国で、穀物輸入が大幅にカットされた場合の深刻な打撃をリアルに描いた「警告小説」であること。石油の輸入が大幅に減少した時に日本経済が被る破局的な影響を描いた、堺屋太一の『油断!』の食糧版とも言うべき「近未来経済小説」でもあります。特に興味を引くのは、食糧不足が深刻になるという事態が迫っているにもかかわらず、「食糧危機が来るなど信じない」人々が非常に多く存在するという叙述です!
[あらすじ] 穀物メジャーの牙城への食い込み
東洋物産穀物油脂部長・津島の仕事上の夢は、穀物の安定供給を図るため、アメリカにおいて穀物輸出用の港頭およびカントリー・エレベーター(穀物集散地のサイロ)を確保することでした。そうした施設の大半は、穀物メジャーによって支配されています。日本の商社がアメリカから穀物を輸入しようとすると、薄利や思い通りにはいかない取引によって「煮え湯」を飲まされ続けてきています。とはいえ、アメリカで穀物確保のための一貫体制を構築するには、当面二百数十億円という巨額の資金が不可欠。それだけではありません。これまで施設や資産をほとんど持たないで商売をしてきたという、商社に固有な体質も、新展開へのチャレンジを阻害していたのです。ところが、1972年にソ連が穀物メジャーから大量の小麦を買い付けたことに伴う騒動や、オイル・ショックが起こって以降、ニューブリード(新興勢力)が台頭し、穀物メジャーの一角が倒れるという状況変化が生じます。そこで、港頭エレベーターを総額百十億円で購入しようという計画が浮上。これまでのような薄利多売の商売だけでは、冬の時代への対応ができないという認識のもと、東洋物産はついにゴー・サインを出したのです。