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『常務会紛糾す』 - 高度成長が終わり、「冬の時代」に入った総合商社のあがき! 

「商社マンを扱った作品」の第三弾は、咲村観『常務会紛糾す』(講談社文庫、1984年)。オイル・ショックを契機として「冬の時代」に入った総合商社「東邦物産」が舞台。経営陣の古い体質と対決し、経営刷新に執念を燃やした商社マン・沢木健治の姿を描いた作品です。初刊本は、1980年に講談社から刊行。

 

[おもしろさ] 「商売は勘とタイミングと押しだ」との決別

高度成長期における商社の行動原理とは、「商売は勘とタイミングと押しだ。もうかるものには時機を逸せず、強引に踏み切るべきで、法や道徳などに対する配慮は二の次だ。われわれは戦前からこの方式に徹して成功してきた」というものでした。冬の時代に入ると、もはやそうしたやり方が通用するとは思えません。にもかかわらず、経営者たちの大半は、なかなかそのような古い考え方から脱皮できません。本書の一番の魅力は、総合商社の経営陣がそうした時代の流れにどのようにコミットしたのかを描いている点にあります。時の流れというものは、あとで振り返れば簡単に確認できる。ところが、当事者が将来起こるかもしれないことを予測し、それに向けて行動するということは、非常にむずかしい。そんな真実が如実に示されています。

 

[あらすじ] 東邦物産の減量経営を推進した沢木健治の奮闘ぶり

東邦物産建設部長の沢木健治は入社歴22年。45歳で取締役に就任するところから物語が始まります。やがて「ロッキード事件」を思わせるグラント社製戦闘機の選定に絡む4億円の政治献金事件が発覚。1960年代後半における航空機の売り込みは、高度成長という時代背景のもとで、「従業員のすべてが取引に対して楽観的であり慎重さに欠けていた」のです。さらに、「体質的にも能力的にも、商売人ではあっても経営者ではない」戦前入社の役員たちにとっては、政界と癒着して巨額の利益を得ようという考えは、それほど違和感のあるものではありませんでした。「工作資金の支出を必要悪」と割り切っていたのです。「大企業の経営者に課せられた社会的責務」など、意識の中に入っていませんでした。マスコミや世論の考え方とは、大きなギャップがあったことになります。それでも、グラント事件がマスコミに取り上げられ、東京地検の取り調べや国会喚問が行われるようになると、役員たちの間で地位の保全と責任のなすり合いをめぐって、激しい攻防が展開。結局、落ち着いたところは、反社長派の代表格であった実力副社長の引責辞職でした。グラント事件のほとぼりがさめかけた頃、沢木は、商社の減量経営につながる経費節減対策の立案を命じられます。と同時に、「脱繊維」が大きな課題となっている東邦物産にとって、それに代わる業態(液化天然ガスの日本への導入、インドネシア及び日本列島周辺の大陸棚の海底油田の開発など)の開拓も、彼に背負わされていくことになります。