経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

『企業家サラリーマン』 - 商社がスーパーマーケットに参入しても……

「商社マンを扱った作品」の第四弾は、安土敏『企業家サラリーマン』(講談社文庫、1989年)。高度成長の終焉とともに「冬の時代」に入ったと言われた総合商社。活路のひとつに、いわゆる「川下作戦」があります。本書では、川下作戦がいかにむずかしいのか、それを円滑に行うためにはどうすればよいのかについて明らかにされています。特に、事業に成功する秘訣とは、「当たり前のことをちゃんとやること」という指摘は、大変興味深いと言えるでしょう。なお、この作品は、1991年に”SHOSHAMAN”と題 してアメリカで翻訳・出版されています。巻末に、訳者のイリノイ大学教授千栄子・ムルハーンの解説があり、日米の「ビジネス・ノベル」観の違いに関する比較がなされています。

 

[おもしろさ] 商社の川下作戦を成功させるのに必要なこととは? 

「冬の時代」に入った商社の多くが川下作戦を展開したことは、周知の通りです。取引の介在から一歩進め、自ら川下に飛び込んで事業を興そうとするとき、成功するための条件として、担い手となるサラリーマンが企業家精神を持って新しい事業を展開することが必要です。しかし、昨日まで組織のなかに安住し、命令に従ってきたサラリーマンが組織を動かし革新する創造的なエネルギーを不可欠とする企業家になることは、簡単なことではありません。かと言って、もしそれが困難を極めるのであれば、「商社は永遠に川下に入り込めない。冬の時代の中で、むざむざ凍死を待つしかない」ということになってしまいます。そうしたテーマに真っ向から取り組んだのが本作品です。川下作戦が成功するには、ニュービジネスを単に「金儲けのための投資先」として考えるのではなく、事業そのものに対する愛や情熱が必要であると訴えています! 

 

[あらすじ] ある会社人間が企業家精神を持つまでの長い道のり

1960年、日西物産はスーパー業界に進出し、2年間で13店舗のセンチュリーストアを展開。しかし創業以来、欠損が続いていました。担当になった中里未知雄は、センチェリーストアの調理場の汚さに驚き、それを改善したいという願望に駆られました。幾つかのセンチェリーストアを見学し、研究に研究を重ねた結果、自分なりのアイディアを持つようになります。「テーマ発見の興奮、技術革新への夢、研究の積み重ねによる情報の蓄積と取捨選択のための忍耐、アイディアをひねり出す不安に満ちた時間、そして解決策が見つかったときの果てしない喜び」。ところが、妻も同僚も、そんな彼の気持ちを理解しようとはしませんでした。例外は、同僚の穂積真沙子のみ。彼女には、将来しゃれた婦人服のチェーン店をやりたいという夢がありました。「女性が来やすいところに」店をオープンさせ、「お客の年齢や好みに分けて商品を陳列」し、「お客と一緒になって、その女性の好みに合う、最もよく似合う商品はどれかって考える」、もしピッタリする商品がなかったら、「どこがピッタリ来ないかを研究する」。「それが分かったら、今度はそれを仕入に……日本中どこの問屋にでも」行く。そんな店をやってみたいという夢でした。さまざまなスーパーを一緒に見て、意見交換をしている間に、二人は恋に陥ります。三年近く、ラブホテルの一室で経営学の議論と勉強を行うという二人の関係が継続。中里は、センチュリーストアに出向して、経営に関するそれまでの勉強の成果を役立てたいと本気に思うようになります。それまでは、センチュリーストアに対して、新規投資もしないが撤退もしないという「生殺し」の状態でした。ところが、犬塚敬吾郎が新しい食品部長になると、撤退という結論が出てしまいます。中里はロスアンゼルス支店へと転勤……。15年後、開発部長になっていた中里は、昔の夢を実現させ、婦人服チェーンの社長になっていた真沙子と再会することになります。