「摩訶不思議な内閣を扱った作品」の第三弾は、三橋貴明『コレキヨの恋文 新米女性首相が高橋是清に国民経済を学んだら』(小学館、2012年)。政治経験が浅く、経済に関する知識や見識も乏しい新米の女性総理・霧島さくら子。年に一度、桜の季節に高橋是清(1854~1936 年。第20代内閣総理大臣、大蔵大臣を歴任)と出会い、直面する不況と対峙できる政策や考え方について教えを受けます。おかげで、日本国のかじ取りという重要な役割を果たしていけるようになっていきます。エコノミストである著者の手による、日本と世界の経済の仕組みに関する小説仕立ての解説書でもあります。
[おもしろさ] 首相がコロコロ変わり、経済はデフレと停滞
1998年の緊縮財政によりデフレーションが深刻化して以降、日本では、橋本龍太郎から野田佳彦に至るまで、なんと10名以上の総理大臣が誕生。さくら子は、橋本政権から数えて12人目、バブル崩壊(90年)時の海部内閣以降ならば、実に17人目の首相ということになります。そうした不安定な政権基盤のもと、経済に目を移すと、1990年のバブル崩壊以降、デフレは、20年以上も延々と続いていました。加えて、終わりの見えない円高、企業資金の海外への流出、雇用の不安などで、日本経済の「崩壊」が心配されていたのです。他方、高橋是清の時代もまた、政治的かつ経済的に困難な時代でした。そんな時代に、日本のリーダーシップをとった高橋是清の見識は、デフレ・経済停滞からの脱却を図るためには、現代にも生かされるべき意義深いものだったのです。本書の魅力は、昨今の経済政策のあり方に批判の目を向け、高橋是清の考え方がどのように生かされていくのかを物語の展開の中で示している点にあります。
[あらすじ] 経済オンチの新米総理大臣
政治的にも経済的にも非常に厳しい状況下、34歳で第97代総理大臣に就任したのが霧島さくら子でした。著名な政治家であった父・霧島恵之進が総理大臣在任中に急死したことで、後継者として担ぎ上げられ、衆議院議員に当選。弁護士としての道は、泣く泣く諦めたものの、普通に結婚したいと考えていました。しかし、朝生一郎元首相に懇願され、総裁選挙に出馬すると、当選してしまったのです。天皇陛下の親任式、国務大臣の認証式、記念撮影、記者会見と、総理就任時のイベントがつつがなく終了。首相官邸では、さくら子主催の祝賀会が開催されました。先の記者会見でのさくら子の答弁に驚かされたのは、首席秘書官を務めることになった東田剛参議院議員。さっそく、彼から「家計簿と同じように国民経済を考える」人では、日本経済や財政の問題を永遠に解決できないと叱責されてしまいます。独りになりたいと庭園に足を進めた彼女は、満開の大きな桜の木に座っていた一人の老人(高橋是清)と出会います。さくら子は「内閣総理大臣」、老人は「大蔵大臣」と、それぞれに名乗るのですが、お互い相手のことを信じるわけでもないまま、政治・経済・社会に関する意見交換がなされます(もっとも、高橋是清の姿は、どうもさくら子にしか見ることができないようですが)。マクロ経済学の勉強を始めたばかりのさくら子には、政権運営に役立つ考え方の連続とばかり、コレキヨの言葉を理解し、成長路線を切り開いていきます。