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『三人屋』 - 朝は喫茶店、昼はうどん店、夜はスナック

商店には、多くの商品をワンストップで購入できるデパートや総合スーパーから非常に専門的な商品のみを販売する個人商店まで、さまざまな形があります。そのなかで、近年、注目されている業態として、「ハイブリッド店舗」があります。具体的には、ネット販売と実店舗という二つの販売チャンネルを融合させた業態、オフィスと飲食店の機能を持ち合わせた業態、異なった商いを組み合わせた業態などを挙げることができます。今回は、個人商店を軸に複数の商いを行っている、いわゆる「ハイブリッド型の店」を扱った三作品を取り上げてみたいと思います。ひとつではなく、ふたつ以上の販売チャンネルを持つことの意義やメリットについても言及できればと考えております。

「ハイブリッド型の店を扱った作品」の第一弾は、原田ひ香『三人屋』(実業之日本社文庫、2018年)。元はと言えば、父親である志野原辰夫が始めた喫茶店。ところが、三人の娘たちが後を継ぐようになると、朝は喫茶店、昼はうどん店、夜はスナックという三業態を営む通称「三人屋」に様変わりすることに。ここでは、三姉妹の仕事ぶり、姉妹同士の人間関係、顧客との関わりなどが描かれています。続編に、『サンドの女 三人屋(実業之日本社文庫、2021年)があります。

 

[おもしろさ] 三人屋の利点を生かせるコラボの元があるのですが! 

三人屋と言うと、なにか三人の姉妹が営む三つの業態が協力し合い、相乗効果を発揮したユニークなビジネスになっているようなイメージが浮かびそうです。しかしながら彼女たちは非常に仲が悪いのです。いつも自分だけが貧乏くじを引かされていると嘆いているのは、「次女のまひろ」。彼女に言わせれば、「長女の夜月」は、若いときから家出を繰り返し、なにを考えているのかわからない「無責任な姉」。「三女の朝日」は、面倒なことはすべて姉に押し付け、自分のことしか考えない妹のようです。本書のメインストーリ―は、解説者が指摘されているように、そうした三人姉妹が抱えている悩みや不安が浮き彫りにされ、それぞれに解決への道筋が示唆され、「帰る場所」としての三人屋の位置づけが明確にされていくというプロセスの描写にあります。一方、本書をお仕事小説として考えている私としては、「三人間でのコラボはできないのか」という視点で読んでみました。例えば、三人姉妹がつくる料理は、それぞれに「美しく繊細で、そのくせ無骨なほど圧倒的な」ものです。と同時に、三姉妹と常連客との関係は良好です。それぞれの料理や常連客との関係をもっと生かした、さらなるビジネス展開への期待を抱かせるあたりにも、この本の魅力が秘められているのではないかと思っております。

 

[あらすじ] 三姉妹と常連客たちが織りなす物語

新宿から西に15分の私鉄の駅。駅前から1キロほど続く商店街の名前は「ラプンツェル商店街」。閉じているシャッターも多いが、大小20件余りの店があります。その商店街の真ん中あたりにあるのが、「ル・ジュール」(フランス語で「一日」の意味)という「モーニングメニューのみの喫茶店」。やっているのは、大学院生でもある三女・志野原朝日23歳。自家製のパンとコーヒーが人気。しかし、昼は、次女・桜井まひろが営業する讃岐うどん店、夜は長女・志野原夜月35歳が経営するスナックに変わります。三人三様の商いは、常連客たちの人生とも絡みながら、展開されていきます。