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『タイム屋文庫』 - タイムトラベルに関する本を扱う貸本屋+喫茶店

「ハイブリッド型の店を扱った作品」の第二弾は、朝倉かすみ『タイム屋文庫』(潮文庫、2019年)。31歳の市居柊子が15年間に集めたタイムトラベルにちなんだ本・CD・DVDは五百点ほど。それらをベースにした貸本屋を開設します。ただ、収入源はアルバイト。なぜならば、目的は、高校時代に出会った初恋の人・吉成和久くんと再び出会うこと。すなわち「たった一人の客を待つ店」だったからなのです。タイムトラベルにちなんだ名作の紹介も、関心のある方には、結構うれしいものになっていることでしょう。

 

[おもしろさ] 明確なコンセプト+くつろげる空間

海が見えるロケーション。「タイムトラベルの文庫屋 時間旅行の本、貸します」という看板。玄関で靴を脱いで中に入ると、板張りの20畳の居間(テーマは「おばあちゃん家の居間」)。クラシックな茶だんす、黒くて大きな薪ストーブ、三人掛けの布張りのソファ、天井にはシャンデリア……。旧式のレコードのステレオから流れるスタンダードミュージック。ごく自然にお茶でも飲んでくつろいでしまいたくなる空間。つい眠ってしまいそうになる人も出てきそうな空気感があるのです。営業日は、柊子のバイト先次第で変わる可能性も……。「本は借りても借りなくても、もっといえば読んでも読まなくてもいい」ようです。そんなお店ではありますが、①明確な店づくりのコンセプト、②お茶を飲みながらくつろげる雰囲気のある空間、③旧式のステレオが醸し出す懐かしい音楽、④寝てしまってもかまわないという許容感など、ユニークな貸本屋になるのに必要ないくつものビジネス的要素が凝縮されているようでもあるのです! 

 

[あらすじ] 市居柊子+吉成和久+樋渡徹

札幌でスポーツメーカーの営業職として働いている市居柊子。祖母のツボミがなくなったことで、会社を辞め、小樽にある祖母の実家に引っ越し、貸本屋「タイム屋文庫」を開くことに。高校時代に小樽での一度きりのデートだったにもかかわらず、「ケッコンとかしてください」と言ってしまった男の子・吉成和久くん。その彼が、「タイムトラベルの本しか置いていない本屋があったらいいな」と言ったのを覚えていたからです。近所でレストランをやっている樋渡徹は、ツボミから柊子のことを聞いていた人物。彼の助言で、タイム屋文庫は、居間でお茶を飲みながらくつろいで本を読める空間になることをめざすことになります。新聞配達とレストラン・ヒワタリでのアルバイトをしながら、タイム屋が営業を開始したのです。当初は、「中学生が客の中心層」。その後、フリーペーパーで紹介されてからは、繁盛していきます。