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『鋳物屋なんでもつくります』 - 「湯の色」にほれ込んだ女性鋳物師の奮闘

「お仕事いろいろ」というテーマで紹介される作品の第二弾は、上野歩『鋳物屋なんでもつくれます』(小学館文庫、2020年)。祖父の勇三が起こした「清澄鋳造」で働く清澄流花の奮闘ぶりが描かれています。「金属を溶解して型に流し込み、製品をつくるのが鋳造だ。つくりたい形と同じ形の空洞部を持つ砂型に、溶かした金属を流し込み、それを冷やして固める加工法だ」。製品は、鍋、鉄瓶、水道の蛇口といった小さなものから、お寺の鐘や船舶のプロペラ、門扉やベンチまで、さまざまな必需品をカバーしています。しかし、それを生業とする職人(鋳物師)たちがどのようなことを考え、なにに悩み、どんなことに喜びを感じるのかについては、小説の世界ではほとんど紹介されることはありませんでした。また、「鋳物は成熟産業……。すでに技術は出尽くした。もう大きな発展はない」。業界の内外でそのような声がささやかれているようです。でも、果たしてそうなのか? この作品は、これまでヴェールに包まれていた鋳物屋を取り巻く環境、抱えている苦境のみならず、彼らの希望=将来性を見事に描き切った作品に仕上げられています。

 

[おもしろさ] 「経験とカン」に依存する仕事では未来を切り開けない

1990年代には、1800社あった鋳物屋。いまでは、600社に満たないようです。業界が抱える課題として挙げられるのは、次の三点です。一つ目は、安い価格で同等の製品を生産する海外のライバルたちとの競争に競り勝つ新たな対策・戦略。二つ目は、後継者不足が深刻であるにもかかわらず、職人たちのもっぱら「経験とカン」だけを頼りに行われてきていただけに、次世代への技術の伝達がスムーズに行われていないという現状からの脱却。三つ目は、従来通りの製品ラインアップの枠を超えた新製品・新分野への参入。では、それらの諸課題とどのように向き合い、新しい未来を切り開いていけばよいのでしょうか? 本書の魅力は、まさにそうした鋳物屋の将来を見据え、新たな可能性を展望できる点にあります。清澄鋳造の苦しい現状からスタートし、ルカが主導する変革が危機を乗り越え、さらには将来につながる新規事業へとつながっていくという壮大なストーリー展開もまた、読者を楽しませてくれることでしょう! 

 

[あらすじ] 丁寧なモノづくり+短納期:相反する二つの目標

「溶かして液体状になった金属は、溶湯もしくは湯と呼ばれています。「湯の色は赤みがかかった強い、いや、激しいオレンジ色だ。真夏の日没時の太陽の色。海面をぐらぐら煮え立たせながら水平線に消える一瞬、沈むまいとする太陽のためらいが、茜色をさらに鮮やかにする。西の空に広がる。燃えるようなあの色だ」。そのような湯の色を一心に見つめ、まだちゃんと喋れない口で「うっちゅちぃね」(「美しい」の意)と言った三歳の女児。女の子の名前はルカ。25歳になった彼女は、清澄鋳造の営業部長として働いています。いつも念頭においているのは、「丁寧なモノづくり」と「短納期」という相反する二つの目標。ある日のこと、製品の単価を下げて欲しいという神無月産業に対して、「到底呑めない金額」なので、断ってしまいます。今回引き受けてしまうと、「次回発注の時にはさらに低い額が提示される」ことが予想できるからです。仕事の柱になっている三洋自動車の新車発表会のレセプションで、最大手の鋳物屋である大村鋳造工業の若木社長・大村亮と遭遇。彼の最新鋭工場を見学させてもらい、大いに刺激を受けます。ところが、今度は、その三洋自動車からの発注も失ってしまいます。まさに存亡の危機です。そうした事態に直面したルカは、従来の木型法から発泡スチロールを使う「フルモールド法」へと大転換させることを決意。もっとも、そうした改革の前には、想定外の様々な難題が立ちはだかったのです。