「お仕事いろいろ」というテーマで紹介される作品の第五弾は、黒野伸一『かもめ幼稚園』(MF文庫、2008年)。今年、短大を卒業し、かもめ幼稚園の先生(教諭)になったばかりの「わたし」(ちかこ)。特別の思い入れやモチベーションがあったわけでもありません。なんとなく、自分の能力に見合ったものを探していたら、偶然この職業に行き当たってしまったのが、正直なところ。生意気な園児たち、うるさいママさんグループ、「本当は幼稚園なんか大嫌い」と評されている園長、マイペースな先輩など、うんざりさせられる毎日。すでに限界に近づきつつあるようです。しかし徐々に、園児たちに愛着を感じ始めるという変化も。幼稚園の先生というお仕事の内容、その大変さ・辛さ、喜び、そして、幼稚園の日常などが赤裸々に示されています。
[おもしろさ] 「今や25引退もめずらしくない」
本書の特色は、①かもめ幼稚園の園長のホンネ、②幼稚園の先生たちの業務や心のうち、③保護者たちの問題・クレームなどを実にリアルに再現している点、加えて、④そうした状況下で、どのように「わたし」がやりがいを見出していくのかという点の描写にあります。①園長にとっては、園児のケガと保護者とのトラブルを回避することが一番。園児たちの「個性を伸ばすとか、情緒豊かな子どもを育むとか」、そういうのは二の次。もっぱら借金の返済のためにやり続けている。②先生たちは、園児というより保護者のことを真っ先に考える傾向が強い。「ママたちとは平等にしゃべること」が求められる。コツは、子どもを褒めること。ボスママとその取り巻きには要注意。昔は30歳だったけど、今や25歳での引退もめずらしくない。「まじめな人ほどすぐにやめてしまう」。③の保護者に関しては、「先生への注意、グチ、批判」が大好き。自分の子どもに対するしつけができていない。④子供たちのピュアな魂に触れる。日々進化していく園児たちの成長の早さに感嘆する。一見するだけだと理解に苦しむが、よく観察すると、そのような行動に至る原因がわかってくるようになる。そういった行為を通して、仕事のおもしろさに気づかされていくようです。
[あらすじ] 「やはりわたしはこの仕事に向いていない」
興奮した児童たちの甲高い声が響き渡るかもめ幼稚園。まだ名前と顔が一致せず、つい笑顔が引きつるのを感じてしまいます。「やはりわたしはこの仕事に向いていない」と感じる毎日。指導担当を任されているまどか先生に言われた通り、登降園時に、できるだけ多くの保護者とコミュニケーションを図るものの、どうにも思うようにいきません。「園児たちのよいところを見つけ、それを誇張して伝える」とアドバイスされるのですが、不器用なわたしは戸惑うばかり。でも、わたしだけが問題を感じているわけではありません。そもそも、かもめ幼稚園自体の「雰囲気が投げやり」なのです。うんざり感と嫌々感に苛まれ、辞めるのも、時間の問題。そんな気持ちで、6月を迎える頃、周りからは、「ちかポン」と呼ばれるようになっていました。そして……。