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『ビッビ・ビ・バップ』 - 亡くなっても、電脳空間で半永久的に生きていける! 

「AI」を扱った作品の第五弾は、奥泉光『ビッビ・ビ・バップ』(角川文庫、2019年)です。舞台は、人間とアンドロイドとの境界線がはっきりしないほど、AIが進歩している21世紀末。ジャズピアニストの木藤桐34歳(通称フォギー)は、家や公共空間の音響をデザインする音響設計士」としても働いています。ロボットの製作販売を手掛ける巨大多国籍企業「モリキテック」を牽引している山萩貴矢(世界的なロボット研究家。130歳を越えている)から、自分用の「架空墓」(ヴァーチャルトゥーム)の音響設計を依頼された木藤。その墓は、墓参者が分身(アバター)を使って「故人」と直接会うことができるという優れもの。将来的には、「全脳送信(TBU)」-生体脳の情報をまるごとデジタル情報に移し替えること-によって、肉体を失った後も電脳空間内でデジタル人格として半永久的に生き続けるものに発展していくそうです。ところが、木藤桐と山萩貴矢(およびその分身)は、電脳ウイルスによる大感染に端を発する人類存亡の危機の原因を作った張本人として疑われることに。

 

[おもしろさ] 未来社会では当たり前になっている事象の数々

本書の最大の魅力は、電脳空間内で生き続けようとする人間の欲望と、それが引き起こすことになる人類社会の破滅の可能性をミステリータッチで描いている点にあります。また、AI・電脳技術の進展により、現実世界とヴァーチャルな電脳世界との境界線がわからなくなってしまう近未来の諸局面についての叙述もおもしろいと言えるでしょう。例えば、①百歳を超える人はめずらしくはないほどの長寿社会、②家事無用の独立太陽知能住宅、③子どもの遺伝子をあらかじめ選択できる「設計された赤ん坊」、④カタログ販売の冷凍精子で受精し、出産できるという状況、➄唾、尿、便などのすべてが健康管理・医療情報として収集・管理・活用されるという事情、⑥AI制御の自動運転車、⑦超音速ジェット機、⑧2029年に起こった電脳ウイルスによるパンデミックなどを指摘することができます。さらに言えば、①山萩はなぜ自分の架空墓を作ったのか、②そこにどのような意味を込めたのか、③その結果、いかなる事態を生じさせることになったのか、④迫りくる人類滅亡への秒読みがいかに複雑で、先が読めないのか… …といった興味が尽きない展開に、読者は驚かせることになるのではないでしょうか!! 

 

[あらすじ] 架空墓と電脳ウイルスと人類の危機

木藤が山萩からの依頼に応えて音響設計を担当した架空墓の舞台は、日本屈指の山岳景勝地上高地大正池。話しているのは、山萩と木藤の分身同士なのですが、紅葉を織り出す綾絹の森、湖面に影を写す穂高連峰、遠近に聞こえる野鳥の声、頬を撫でる微風など、あたかも実際に現地にたたずんでいるように感じられます。このように、とても静かに始まるストーリー。しかし、山萩が間もなく脳死を迎えることになる頃から、話が大きく動き始めます。かつてパンデミックを引き起こした29virusが東京シティーのあるホテルで発生し、電脳空間に異変が生じたからです。しかも、そうした異変は山萩と木藤に起因するのではないかと考えられたからです。そのウイルスに効くワクチンはまだありませんでした。感染が拡大すると、まさに大パニックとなり、人類の危機に繋がっていくと思われたのです……。