人を悩ませる大きな要因のひとつに、傷病があります。人の生死を左右するケースもまれではありません。したがって、その予防や診療を担う医師の世界は、ある意味ドラマティックな要素には事欠かない領域と言っても過言ではありません。医療・医師を扱った多くのドラマ・映画があるのは、そのためです。それはまた、お仕事小説においても、格好の素材です。たくさんの秀作が刊行されています。そこで、今回は「一人前の医師」になるためには避けて通ることができない「研修医」を扱った作品を三つ紹介し、その次のテーマとして、医師・医療を素材にしたお仕事小説を紹介していこうと考えています。研修医とは、医師の国家試験に合格し、医師免許を取得した後、臨床医としてのスキルや判断力を身に付けるために義務付けられている2年以上(歯科医師の場合は1年以上)の臨床研修に携わっている医師のことです。なお、2019年6月26日~7月9日に「病院」、2021年6月1日~6月8日に「安楽死」、同年11月16日~11月26日に「医師」、2023年3月30日~4月4日に「看護師」、同年10月24日~10月31日に「クリニック」、2025年8月21日~9月4日に「南杏子が描く医療現場」というテーマで作品紹介を行っております。興味のある方は、ご覧ください。
「研修医」を扱った作品の第一弾は、川渕圭一『研修医純情物語 先生と呼ばないで』(幻冬舎文庫、2011年)です。パチプロ、サラリーマン、引きこもりなどを経験したあと、37歳で京都大学医学部を卒業し、大学病院で研修医として勤務し始めた著者の実体験を赤裸々に描いたドキュメンタリー小説。やや異色な経験をしたがゆえに見ることができたのかもしれない、大学病院における「ハチャメチャな医療現場」が浮き彫りにされています。研修医の仕事とは、いかなるものなのかがよくわかる作品です。著者のデビュー作。続編に、『ふり返るな ドクター 研修医純情物語』、『吾郎とゴロー 研修医純情物語』、『窓際ドクター 研修医純情物語』、『とび出せ!ドクター 研修医純情物語 (旅立ち篇)』(主婦の友社 )があります。
[おもしろさ] 患者を治療するという医師の本分からの逸脱!
大学病院には、「診療」「教育」「研究」という三つの使命があります。その中で最も重視されているのが研究のようです。それゆえ、患者本人よりも患者が抱えている病気の方に興味がいってしまったり、患者が研究対象に見えてしまったりすることはまれではありません。その結果、患者を治療するという医師の本分からかけ離れ、医師としてのメンツやプライドにこだわったり、自己満足にひたったりといった「逸脱」行為が起きています。本書の特色は、そうした大学病院における根本的な問題点を提起し、そのような実態を是正するには、どのような施策・考え方が必要なのかを示している点にあります。
[あらすじ] 「患者ファーストではなく、医師ファースト」
1982年2月、工学部に通う大学三年生の川渕圭一(著者)は、自由気ままな独り暮らしを満喫していました。ある日、それまでは、恐れ、疎ましく思い、遠ざけてきた父(郷里の大学病院に勤める医師)が上京。初めて打ち解けて話をし、生き生きとした姿を目の当たりにしたのですが、宿泊していたホテルの火災で、父は死去。呆然自失となった川渕は、なんとか卒業はしたものの、進学が決まっていた大学院を中退し、パチンコに没頭。1年後、商社に就職したあと、何度かの転職を経験するものの、精神は破たん。ついにアパートの狭い部屋に引きこもってしまったのです。そのとき「うつ病」と診断した精神科医の態度-「医療の主役は患者」であることを忘れてしまったような医師の振る舞い-に憤慨したことが契機になり、正気を取り戻した彼は、父の後を追うかのように、医師への道にチャレンジすることを決意。父の死から7年が経過し、30に手が届く年齢になっていました。ただ、「患者に寄り添う医師をめざすという、川渕が医師なることを決意したその「初心」は、その後も忘れられることもなく、常に川渕医師の原点としてブレない軸になっていることを指摘しておきたいと思います。1996年12月、研修医となって半年の川渕は、ある大学病院の第五内科(総合内科)で働き始めました。こうして、①同期の研修医たちとの交流、②さまざまな病に悩む患者やその家族たちとの触れ合い、③大学病院で実際に遭遇することになる数々の日常・業務(採血、朝の回診、新入院患者の病歴聴取や診察、担当患者の検査や治療の付き添い、採血の検査結果のチェック、輸血や注射薬のオーダー、専門分野別のコンファレンスや勉強会への出席・報告・準備、「教授回診」のための下働き・準備など)、④そこではびこる、「患者ファーストではなく、医師ファースト」というべき、古き時代からの悪しき慣例、➄指導医との関係などが綴られていくことになります。




