「研修医」を扱った作品の第三弾は、午鳥志季『それでも、医者は甦る-研修医志葉一樹の手術カルテ-』(メディアワークス文庫、2020年)です。研修医が一人前の外科医になるためには、通常、長い歳月をかけての努力、研修、現場での経験が必要になります。「上級医から罵倒混じりの教えを受け、何度も失敗しては修正することを繰り返し、寝食を忘れて手術に明け暮れてようやく、外科医は一人前になる」わけです。しかし、本書では、かなりいい加減な心の持ち主である研修医志葉一樹が、ある難病の患者・湊遥(17歳)を絶対救いたいという思いから、手術を担当して成功させるという「奇跡」を起こします… …。
[おもしろさ] 「冷笑は戸惑いに、そして驚愕に変わった」
志葉一樹に対する周囲の視線は、冷ややかを通り越して軽蔑に近いものでした。したがって、看護師や麻酔科医をはじめ、手術室のスタッフは、そんな彼が湊遥を執刀することになり、メスを持つ姿を目の当たりにしたとき、露骨に失笑したのです。でも、その空気はすぐに変わりました。「冷笑は戸惑いに、そして驚愕に変わった」のです。この本のおもしろさとして、二点あげることができます。一つ目は、新米の研修医が、冠動脈バイパス術という心臓外科領域でも難易度が最も高い手術をどのようにして成功させたのかという「理由」が解き明かされていくこと。二つ目は、研修医を取り巻く環境、医者という仕事の実態、病気で苦しんでいる患者の心の声、「矛盾に満ちた医療現場」の現状などをリアルに描き出していることです。病気というものは、「突然で、迷惑で、理不尽極まりない。それにせめても抵抗するのが医学だ。俺たち医者は神様じゃない」という言葉も印象的!
[あらすじ] 本音で言い合った末の一樹と遥
「なんなんだよこの仕事、割に合わなすぎるだろ。医者は金持ち勝ち組人生なんて言ったのはどこのどいつだ? 労働基準監督室も裸足で逃げ出すブラック労働現場で、残業代も出やしない。昼間働いて当直で一晩寝られなくても、翌日また夜遅くまで病院にいろって言われるしさ。俺の先月の残業時間なんてアレだぜ、余裕で過労死ラインの倍は働いてるぜ」。グチっているのは、波場都大学医療センターで働き始めたばかりの一樹。が、「やっと憧れの医者になれた、さあ世のため人のため頑張るぞ」といった気持ちはまったく持ち合わせていません。平凡で臆病。意志が弱くて、いつも楽な方にばかり流されている人物なのです。ある日、屋上から飛び降りようとしている女子高生の遥と、本音で言い合うことに。「いいか遥、死のうとするのは勝手だ。だけどな、俺たちがあらゆる医療を駆使してお前を絶対に死なせない」。そのことが契機となり、一樹は、「医者(俺)は患者(お前)を助け出す」と決意。ところが、手術の前日、ある神社で夢をみました。遥の手術が失敗に終わり、死んでしまうという夢です。そこで、一樹は、過去に舞い戻り、再度手術に挑む光景をみたいと熱望。すると、実際に過去に戻れてしまったのです。同じ時間が何度も繰り返される「タイム・リープ」(「過去の時間に戻った主人公は、過去の出来事に干渉することができるというSFではお馴染みの設定」)です。一樹は、遥の手術に参加し、冠動脈バイパス術の手順を頭に叩き込もうとするのですが、遥の術中死を変えることはできません。幾度となく、一樹は過去に舞い戻るのですが、何回やっても、結果は変わりません。絶望と虚無感。しかし、一樹はあきらめませんでした。258回目となるタイム・リープで、手術が失敗する理由がついに明らかにされ、「奇跡」が起こったのです。最後に用意されているもうひとつの奇跡も、なかなか素敵なものになっています!
