前回のテーマは研修医でした。その延長線で、今回は医師を扱った作品を六つ紹介したいと思います。
「医師」を扱った作品の第一弾は、久間十義『生命徴候(バイタルサイン)あり』(朝日新聞出版、2008年)です。アメリカで心臓カテーテルの最新技術を身につけた女性医師・鶴見耀子のドラマティックな生き様が描写。大学病院内での微妙な人間関係、医局間の熾烈な対立、男性優位の体質、難病に対する医師たちの向き合い方などがよくわかる作品です。
[おもしろさ] 「生きて、生きて、生き抜きましょう」
本書のおもしろさは、なんといっても、ヒロインである鶴見耀子の、悲しみと喜びが交じり合った数奇な運命の描写にほかなりません。ほかにも、日本とアメリカの医療制度の違い、臨場感あふれる手術の描写、医師の患者に対する見方・考え方など、読みどころ満載の作品です。物語のラストシーン! 救急車で運ばれてくる患者に告げる耀子の言葉がとても美しく響きます。「大丈夫。頑張って。生命徴候はじゅうぶん。諦めないで生きるのよ、と心の中でつよくつぶやく。生きて、生きて、生き抜きましょう。すべてはそこから始まるのだから」。また、たとえ人が亡くなっても、その人に「助けて」と念じれば、その人は、念じた人のもとに帰ってくるという言葉も肝に銘じたくなるセリフではないでしょうか!
[あらすじ] アメリカで羽ばたくようになるまでの経緯
小学校に上がる直前、交通事故で両親を失った鶴見耀子。北海道の片田舎で医院を開業している祖父のもとで育てられた彼女は、北海道の医大を卒業したあと、2年前に心臓外科医だった父親がかつて籍を置いていた日本女子医大で、研修医として働き始めました。選んだのは、「手術の際に患者の麻酔をほどこし全身を管理する」麻酔科医の道でした。その理由は、二つです。一つ目は、祖父の医院を継ぐこともありうるので、地域医療の担い手として「なんでも屋」になっておきたかったこと。二つ目は、いったん専門科を選べば、その科目しか習熟できず、ほかの科に移るのがむずかしくなる外科や内科とは異なって、融通の利く科だったことです。いまでは、すっかり板についた手際を見込まれ、上司の監督下を離れて単独で手術に入ることもしばしば。ところが、ある日のこと、難しい心臓バイパス手術の麻酔担当を任されたとき、第二心臓外科の神島捷夫助教授(日本女子医大の若手のホープ)が執刀した手術で失敗。その責任を耀子に押し付けてしまいます。関連病院である都立武蔵野病院救命救急科への出向を余儀なくされた耀子。ただ一人の理解者と思えたのは、日本女子医大第一心臓外科の岩下篤筆頭講師でした。次期教授レースの先頭を走るエリート医師である岩下と密会を続けているうち、やがて耀子は妊娠。しかし、主任教授の令嬢と結婚することになった岩下から、別れ話を切り出されることに。絶望の淵を漂った耀子のもとに届けられたのは、岩下の勧めもあって応募していた、アメリカのローゼンタール財団からの奨学金許可の書類でした。それから8年の歳月が流れました。ローゼンタール奨学生となった耀子は、UCI(カリフォルニア大アーバイン校)内科のレジデント(研修医)を経て、ロスアンジェルスのグッドサマリア病院の循環器フェロー(専門医)として勤務。その間、最新のカテーテル治療の技術を習得。千葉の鮫島総合病院-国際水準の総合病院をめざし、北米的な合理主義を日本に持ち込んだ病院として知られている-の副理事長である鮫島隆明ドクターに懇願され、同病院で働くために帰国の途についたのです。岩下には事情を告げずにアメリカで出産した息子・譲(ジョー)は7歳になっていました。かくして、物語の第二幕がスタートします。

