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『DOCTORS最強の名医』 - 正論で武装した外科医が生み出す波紋

「医師」を扱った作品の第三弾は、福田靖(脚本)、町井登志夫(ノベライズ)『DOCTORS最強の名医』(朝日文庫、2013年)です。最新の医療機器が取り揃えられ、その維持費や運営管理費が莫大なレベルになっている私立の堂上総合病院。そこに赴任した異色のスゴ腕外科医・相良浩介の活躍が描かれています。「愛想のいい笑顔」を固定表情にしている彼には、ある秘められた思いがありました。2011年10月27日~12月15日にテレビ朝日系列で放送された『DOCTORS最強の名医』(主演は沢村一樹さん、出演は高嶋政伸さん、比嘉愛未さん)の脚本をもとに小説化されたもの。

 

[おもしろさ] 「医師ファースト」 VS 「患者ファースト」

病院の役割は言うまでもなく、患者の治療。それゆえ、医師の存在感は絶大です。その結果、程度の差があれ、「医師ファースト」で凝り固められた病院内の慣例・雰囲気がまかり通っているケースが一般的になっています。そのような状況下で、「患者ファースト」を貫こうとすると、既存の組織・医師たちとの間に、大きなズレや溝、軋轢、衝突が生まれることになりがちです。本書の魅力は、そうした「患者ファースト」を実践しようとして苦闘する外科医の姿を浮き彫りにしている点にあります。「癒す。騙す。脅す。正す。優しい嘘、残酷な決断。全ては命を救うためか?」。帯に書かれた言葉に、主人公の言動がコンパクトにまとめられています。最後に、相良がたどり着いた、手術の中で象徴的にあらわされる「医師という職業」の本質を垣間見ることができるシーンが盛り込まれています。

 

[あらすじ] 「全人格を、『医者』という鎧が覆っている」

東京医療大学病院で12年間務め、3000を超える手術の経験を有する相良浩介。外科医としてのキャリアは十分なのですが、論文を書いていません。そのためか、どういう人物なのか、堂上総合病院の堂上たまき院長や桃井正一事務長にはまったく知られていませんでした。しかも、希望年俸額700万円は、相場の半分以下とも言える低額でした。それゆえ、「なにか問題を起こして辞めたのでは」と、院長は不信感いっぱいのまなざしで赴任してきたばかりの相良を見ていたのです。が、働き始めると、前代未聞の高度な手術を成功させるなど、相良の外科医としての腕は超一流。それだけではありません。収入源を拡充するために、夜間の救急患者の受け入れを増やしたり、術後集中管理室を整備したりといった病院経営に関わる提案も行い、自ら率先して「みんなの倍働く」と述べるような人物だったのです。そのような相良の言動には、堂上総合病院の古い体質を壊してしまおうという意図が含まれていました。当然のことながら、多くの病院構成員のなかでの考え方の相違が浮き彫りになり、相良とほかの医師たちの間に、溝ができてしまうのです。溝と言いますと、赴任早々、外科医のエースとして数々の手術をこなしてきた森山卓(院長の親戚で、将来の院長候補になっているが、傲慢な人物)のオペ中に、遠慮のない意見を述べてしまいます。その結果、森山との間に大きな軋轢が生じてしまうことに。「君みたいなやつが一番嫌いなんだよ、俺は… …。善人ぶって、腹の中では他人を見下している」という森山。それに対して、相良は言います。「ぼくは、いい医者になりたいと思っているだけです」… …。実のところ、そんな相良の頭の中には、「お願い。いいお医者さんになって」という妻の言葉が棲みついていたのです。そのことで、眠れない夜を過ごすのが常だったのです。彼女を助けることができなかった瞬間から、「人間らしい喜び、感動、悲しみは全て脳の中で麻痺して」しまい、「代わりに全人格を、『医者』という鎧が覆っている」という状態が続いていたのです。