2026年「はじめて物語」の第二弾は、江上剛『信念の経営者・小原鐵五郎』(PHP研究所、2025年)。バブルの時代、投機に奔走した多くの金融機関とは異なり、投機的な貸し付けを行わなかった。いまでも、ハイリスク・ハイリターンの金融商品には手を出していない。「懸賞金付き定期預金」など、ユニークな独自商品を開発してきた… …。東京は品川区に拠点を置く大手信用金庫である「城南信用金庫」(前身は1945年8月10日に設立された城南信用組合。信用金庫の代表格)は、そのような独特な歴史を作り上げてきたことで知られています。それは、同信用金庫の経営理念を確固たるものにした、事実上の創業者・小原鐵五郎の存在を抜きにしては考えることができません。本書は、彼の生涯を描いた伝記小説。そして、城南信用金庫の歴史と経営理念がまとめられています。
[おもしろさ] 「貸すも親切、貸さぬも親切」
銀行では相手にされなかった案件でも、信用金庫であれば、融資してもらえることがあります。それは、利益を追求する銀行とは異なって、生活の格差をなくすという助け合いの精神を有する信用組合として出発したからにほかなりません。簡単に述べると、「人々を助けること」が信用金庫の役割であるからです。本書の魅力は、①城南信用金庫がいかなる状況下で創設されたのか、②大崎村の農家の出で、「学問などいらない」という父の考えのもとで中学校には行けなかった主人公の小原鐵五郎がどのようにその創業に関わったのか、③「貸すも親切、貸さぬも親切」「人柄に貸せ」「担保主義を採用しない。人柄主義だ」をはじめとする彼の経営理念とはいかなるものだったのか、④その経営理念が城南信用金庫のなかにどのように受け入れられ、定着していったのかを描いている点にあります。
[あらすじ] 「地域の人のことなら、なんでも知っている」
太平洋戦争の末期、大崎信用金庫(1919年に設立)に勤務する小原鐵五郎(46歳)は、戦争の勝利を信じて営業活動を行ってきました。ところが、アメリカ軍の空襲が日に日に激しさを増すなか、敗戦の可能性が濃厚になっていきます。「たとえこの戦争に負けたとしても、日本を滅ぼすわけにはいかない。そのためには庶民の生活を支える金融機関である信用組合を強くする必要がある」。そのように考えるようになった小原にとって、「一国一城の主」のように振舞っている、城南地区における大地主の組合長を擁する小規模な15もの信用組合が乱立している状態はけっして好ましいものではありませんでした。そこで、小原は、大崎信用金庫の創設者・組合長であり、恩人でもある立石知満が構想する「城南地区にある信用組合の大合併」をなんとしても成し遂げたいと願い、立石とともに尽力。その結果、立石組合長、小原専務理事という体制で、城南信用金庫が創設という流れができつつあったのですが、45年5月、頼みの立石が死去。困った小原は、大蔵省の中丸英一事務官に相談。彼のサポートもあって、ついに城南信用組合が創設されることになります。かくして、興味のつきない城南信用組合の戦後史がスタート。小原が職員たちに述べます。「君たちのお客は、地域の庶民の人たちなんだ。そのことを肝に銘じなさい。だから君たちは地域のこと、地域の人に徹底的に関心を持ち、地域のことなら、地域の人のことなら、なんでも知っているというくらいに精通しなければならない」。
