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『機長、事件です!』 - 優れたパイロットの心構えと行動力

新型コロナウイルス感染症の感染法上の位置づけが「5類」に移行され、初めて迎える夏休み。訪日観光客(インバウンド)が急増しているだけではありません。国内旅行や遠出を楽しむ家族連れで、各地の観光地はどこも賑わっています。コロナ禍で客足が鈍っていた旅行会社、航空会社、鉄道会社、ホテル・旅館などにとっては、歓迎すべきこととして受け止められています。それらの業界で働いている人からは、「猫の手も借りたい」といった「うれしい悲鳴」が聞こえてきそうです。今回は、陸・海・空で人の移動を支える人たちのなかで、「空のお仕事」、具体的にはパイロット(操縦士)とキャビン・アテンダント(CA)を扱った作品を二つ紹介したいと思います。

「空のお仕事を扱った作品」の第一弾は、パイロットを素材にした秋吉理香子『機長、事件です!』(角川文庫、2019年)。ニッポン・エアライン副操縦士として、成田発シャルル・ド・ゴール行き205便で国際線デビューを果たす間宮治郎が主人公。その便の第一機長(PIC-パイロット・イン・コマンド)で、同社きってのエリートという評判の女性パイロット・氷室翼、第二機長(SIC-セカンド・イン・コマンド)幸村操雄、チーフパーサー多岐川麗美などから一人前のパイロットになるために必要な情報・技能・仕事の取り組み方などについて身をもって学んでいきます。パイロットの業務、勤務に際してのさまざまな準備、日常生活での注意事項、離陸するまでの業務の流れなど、イロハから知ることができるお仕事小説です!

 

[おもしろさ] 正確かつ安全に、そして快適に! 

パイロットの業務は、言うまでもなく、正確かつ安全に飛行機を操縦することです。一度に何百人もの乗客の命を預かる以上、勤務中はもちろんのこと、オフのときでも、非常に厳しい自己管理が要求されます。しかし、正確かつ安全にという課題自体は当たり前のことであって、優れたパイロットとして評価されるには、「その先にある快適さ」をも提供できる力量を持っていることが不可欠です。それは「技術だけでは提供できないもの」。会得するには、さまざまな要素が必要なのです。本書の魅力は、成田空港とシャルル・ド・ゴール空港を結ぶ205便の往復フライトおよびフランス滞在中の騒動・事件などを通じ、どのようにすれば、乗客に「快適さ」をも提供できるのかを読者に気づかせてくれる点にあります。

 

[あらすじ] 無愛想で、毒舌。でも……

大学院修了後、25歳でニッポン・エアラインの養成訓練生となった間宮治郎。半年前、晴れて副操縦士として正式の発令を受け、国内線で経験を積んできました。そして、いよいよ本日、国際線デビューとなったのです。しかし、同じ便に、氷室キャプテンが同乗すると知り、治郎は慌てふためきます。なぜならば、氷室は、「めーっちゃくちゃ厳しいキャプテンとして有名……。しかも、無愛想で冷たくて毒舌で変わり者……とにかく燃費と効率重視でやたら指示が細かいし、ことあるごとにケチをつけるし、ボロクソにやられた」奴もいるという話を聞いていたからです。「治郎の胃が、きゅっと縮む」ことに。実際に会ってみると、氷室は、まさにウワサ通りの人物。一方、幸村の「温かみのある微笑」に接したとき、「神様に見える」ほどに安堵した治郎だったのです! やがて、飛行機は離陸。婚約指輪の紛失・盗難、女の子の「お化け」の目撃といった騒動が起こると、氷室は、名推理ぶりを発揮。そうした出来事を通し、治郎は、氷室キャプテンのパイロットとしての高い技能とパワーに魅せられていったのです!