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『シシド 完結編 小説・日活撮影所』 - ジョーが描いた日活黄金時代の全貌

映画。わたしたちにたくさん感動を与えてくれる、エンターテインメントの王様とも言いえる存在です。「あの映画がおもしろかった」「この映画を見てみたい」。多くの人が興味を覚えるのは、「作品としての映画」。ただ、経済小説という視点から見ていくと、単に観客の視点だけではなく、映画を取り巻く多様な領域にも関心がそそられます。ひとつの映画の作品をめぐっても、「作品を製作する人」「役を演じる人」「作品を配給する人」「興行として観客に見せるサービスを提供する人」「作品の批評をする人」など、実にたくさんの人が関与しています。そして、多様な関わり合いそのものにも、さまざまなドラマが潜んでいるのです。彼らが作品につぎ込む情熱・心意気・工夫。それらがあってこそ、それを鑑賞する人にたくさんの感動が生まれるのです。今回は、「映画大好き人間」を描いた作品を三つ紹介します。

「映画大好き人間を扱った作品」の第一弾は、宍戸錠『シシド 完結編 小説・日活撮影所』(角川書店、2012年)です。日活の黄金時代でもあった1950~60年代を中心に日活撮影所の風景・実態を、俳優・宍戸錠の目線から実名で描いたドキュメンタリー小説です。

 

[おもしろさ] 大スターたちは1年に10本の映画に主演した

本書の魅力は、なんといっても宍戸錠が描く、実にリアルな日活撮影所の描写です。「小説」と銘打ってはいるものの、むしろ「実録」というタイトルの方がよりふさわしい内容です。撮影に挑む俳優・監督・制作者たちの映画に対する意気込み・情熱や撮影所外での自由行動が浮き彫りにされています。おおらかで、粗削りで、人間臭いエピソードの満載。それにしても、当時の大スターたちが1年間に信じられないほど多くの映画に出演していたことには、驚きを禁じることができません。日活で百本近い映画が撮られた1962年の例を挙げますと、石原裕次郎は9本、小林旭は10本、宍戸錠は10本、吉永小百合は10本の主演映画に登場しているのです。

 

[あらすじ] 日活の歴史に刻まれた沢山のエピソードが

「オフクロは、『カチューシャかわいやわかれのつらさ』なんて映画から流れてくると、自分も唄い出して泪をこぼしていた。それ以来、映画は唯一のダチ公と言っていい」。そんな「映画大好き人間」のシシド・ジョーこと、宍戸錠にとっての初主演映画『ろくでなし稼業』(斎藤武市監督の1961年作品)。笑いの取れる殺し屋シリーズをめざしていたのですが、撮影が進行するにつれ、まったく別物の「喜劇」となってしまいました。撮影現場でのドタバタぶりやハプニングには、思わず声を出して笑ってしまうでしょう。そうした話から始まり、石原裕次郎赤木圭一郎高橋秀樹などの大スターや、日活「中興の祖」と称された堀久作社長の等身大の姿が浮き彫りに。ロマンポルノに至るまでの日活の歴史に刻み込まれたたくさんのエピソードが再現されていきます。