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『小説王』 - 互いの力を信じ合う作家と編集者が紡ぎ出すもの

「編集者を扱った作品」の第三弾は、早見和真『小説王』(小学館、2016年)。文芸という世界が「負のループ」の渦中にあるなか、小説の本質と、作家・編集者のそれぞれの役割を真っ正面から考察した作品です。小学校の同級生であった「売れない作家」と「二線級の編集者」。互いの才能を信じ合い、出版界の常識を覆すような一手を放つことに。2019年4月にフジテレビ系で放映されたドラマ『小説王』の原作。主演は白濱亜嵐さん。出演は小柳友さん、桜庭ななみさんでした。

 

[おもしろさ] 作家を育てる編集者という仕事の醍醐味

本書の魅力は、ふたつです。一つ目は、作家と編集者の関係のあり方の「典型例」が提示されている点。「覚悟のないアイディアを披露する編集者が一番許せない。これは俺だけの小説じゃない。お前の小説でもあるって自覚しろ」。「小説を生かすも殺すも、作家に未来を与えるのも、奪うのも、すべて編集者」。「しばらくは昼に他の予定は入れるな。俺のためだけに時間を使え」。「小説家を本気にさせることがお前らの仕事だろうが」。すでに大家と評価されている作家が編集者に投げかけた言葉です。作家からは常に意見を求められ、調査を要求されます。発せられる要求や説教の数々で、編集者のプライベートがズタズタに切り裂かれることも日常茶飯事。そうした関係のなかで、編集者としての能力が鍛え上げられていくこともまた真実。逆に、編集者に関しては、こういうセリフが用意されています。「小説を楽しむ編集者は二流、泣くヤツは三流」。「誰かが必要としている。誰かが待ってくれている。そう信じるから、本をつくっている」。二つ目は、良い小説の条件が示されている点です。「あいつの小説には常に出し惜しみを感じるよ。それじゃ誰もついてこない」。「いったい自分はいつまで“いつか”のために“いま”を保留してるのか」。では、小説の未来はというと、「紙の本はどうなるかわからないけど、物語は存在し続けるに決まっている。死にゆく存在でしかないと知っている人類が、本来は精神を病んでしかるべき生き物。そこに、“生きる意味”を強引に持ち込んだのが物語だった」からです。

 

[あらすじ] 一冊の小説が人生の方向を定めた! 

大手の総合出版社である神楽社に勤務する小柳俊太郎33歳。彼が編集者の道を歩むことになったきっかけは、小学校時代の友人・吉田豊隆が書いた『空白のメソッド』というタイトルの小説を読んだこと。豊隆がその本を出版したのは、18歳の時でした。同書は、新人の登竜門と呼ばれる「小説ブルー新人賞」を受賞。華々しいデビューを果たしたのです。その『空白のメソッド』を俊太郎が最初に読んだときの感激は半端なものではありませんでした。一気に読み上げ、「号泣したのです!」。小説家志望だった俊太郎は、焦りと同時に、自分の限界を感じさせられたのです。同棲していた美咲の妊娠、彼女との結婚、大学の退学、子どもの誕生といった一連の出来事を経験して、再び『空白のメソッド』と向き合った俊太郎は、自分の「やりたいこと」を初めて見出します。編集者という仕事との出会いです。自分で書いているときには得られなかった感覚。他人の小説を読むことで味わうことができたものでした。久しぶりに再会した俊太郎は、豊隆に伝えます。「純粋にすごいと思ったよ。でもね、これがお前の一番書きたかったものだったとは思えない。俺、必ず出版社入るからさ。編集者になるから。それまで待ってくれないか」と。そして、十年以上の歳月が流れることに。その間、豊隆の方は、デビュー作を含めてわずか五作を上梓しただけ。鳴かず飛ばずで、3年前からファミレスでアルバイトをしながら、なんとか食いつないでいます。そんな豊隆に、営業部から編集部に異動になった俊太郎は、『小説ゴッド』での連載の話をもちかけ、実現する見通しをつくったものの、新編集長・榊田玄の一声で吹き飛んでしまいます。しかも、俊太郎の関わっている文芸誌自体が、社の経営状況から存続の危機に立たされます。

 

小説王 (小学館文庫)

小説王 (小学館文庫)