「老人介護を扱った作品」の第四弾は、安田依央『ひと喰い介護』(集英社、2019年)。法律に触れることなく、介護を喰いものにする悪徳介護施設の実態、その罠にはまった老人たちが転落していく様子が描かれています。
[おもしろさ] 高級ホテル並みのサービスとオーダーメイド介護
本書のユニークさは、法律には触れず、当事者のプライドをくすぐりながら、明確な戦略のもとで、お金持ちの老人をカモにしていく介護業者の手法を浮き彫りにしている点にあります。体力、判断力、さらには貯金がどんどん奪われていくプロセスの描写は圧巻です! 優れたヘルパーには、破格の報酬を保障する。利用者に対してとても丁寧な接遇がとられることで、顧客満足度を上げることができる。利用者には、高級ホテル並みのサービスと、「オーダーメイド介護」を提供する。経済的にゆとりがある人なら、そんな介護施設があれば、是非とも入居してみたいと思うのではないでしょうか? しかし、その居心地の良さに長期間おかれていると、人はいったいどのようになっていくのでしょうか? 多くは、ほとんど外出しなくなり、その結果、足腰が弱り、寝たきりの生活を余儀なくされてしまうのです。
[あらすじ] 「だまされたと思って一度頼んでみるか」
妻に先立たれた72歳の武田清。都心から電車とバスを乗り継いで1時間ばかりのニューラウンの一角で一人暮らしをしています。双和商事という「超一流」の会社に勤め、人事部の担当部長にまで上り詰めました。いまは、退職金に年金、親から相続した土地の賃料も入ってくる生活で、経済的には随分とゆとりが。ただひとつ、ほとんど家事をしたことがない彼が最も困ったのが、食事でした。そんな折、一枚のチラシが目に留まりました。説明文には、一食1200円。他社の倍以上の値段なのですが、「一流料理人」の手による作り立てのお弁当が届けられるとあります。サービスの運営母体は、「お弁当宅配・株式会社ゆたかな心」。どうやら介護事業者のようです。「ふん、だまされたと思って一度頼んでみるか」。届けられた弁当は、非常においしく、持参した女性配達員もきびきびした態度で、しかも親切でした。「株式会社ゆたかな心」に興味を持ち始めた武田からの電話を受けた、同社の砂村千草は、頭の中で武田の姿を思い描きました。「定年退職してから行き場をなくした老人? 自尊心がとても高そうだ。これは厄介な相手かも知れない。いや、地雷がどこにあるのかわかっている分、逆に楽な相手か」。やがて、自宅の玄関先で転倒したことが契機となり、武田は、「ゆたかな心」が運営する、マンションを転用したサロン「クラブ・グレーシア」に入居することに。転落への序曲が始まったのです。