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『町工場からの宣戦布告』 - メインバンクや親会社との戦いの中で

「下請け企業を扱った作品」の第五弾は、北沢 栄『町工場からの宣戦布告』(産学社2013年)。モノづくりの集積地である東大阪市が舞台。小さな電機部品メーカー「ダイア産業」(従業員70名)を営んでいる湊京太。創業50周年の節目の年、親会社やメインバンクからの無理難題の要求を受けながらも、経営の自立性を損なわず、事業をつなげていく主人公の姿が描かれています。中小企業経営者の試練と克服への道が示されています。

 

[おもしろさ] 「中小企業が資金繰りに苦しむのは当たり前」

本書の最大の特色は、中小企業経営者の苦悩と真正面から向き合い、あるべき道を模索している点にあります。興味深いのは、メインバンク(いなほ銀行)から中小企業(ダイア産業)への無理難題に関して、両者間の意識のズレが鮮明に浮き彫りにされていることです。ダイア産業にとっては、銀行からの借金の度重なる催促や、「貸し渋り」行為などは、経営の根幹を揺るがす一大事として受け止められています。他方、メインバンクの支店長たちの心の内には、支店の要請がダイア産業に大きな打撃を与えているという自覚がありません。それどころか、「中小の一つや二つ、潰れたってどうってことない」という認識なのです。「中小企業なんだから資金繰りに苦しむのは当たり前」「苦境は自分が招いた個別の問題」という考え方をしていたのです」。そもそも、「中小企業への融資にもっとお役に立とう、という殊勝な気持ちは微塵も」ありません。関心事は、「本来の職業モラルよりも、行内の出世競争に勝ち抜くこと」だったのです。

 

[あらすじ] 「わたしは必ず逆境を乗り越える。必ずだ」

親会社である巨大電機メーカー「日芝」の担当者から「御社に委託している業務をいずれ中国に移管したい」という突然の通告を受けた、ダイア産業社長の湊京太。これまでの長い協力関係、信頼関係を信じて疑わなかったがゆえに、一人になると、「こん畜生、ふざけるな!こっちの立場も考えろ」と罵ってみました。しかし同時に、なぜか「来るべきものが来た」という妙に冷静な感情にとらわれてもいたのでした。そして、「こいつは『人生終わりの始まりではないか』という不安感と、同時に、未知の世界に踏み込んでいくスリリングな予感とが交錯した」のでした。「わたしは必ず逆境を乗り越える。必ずだ」と、寝る前に自らに言い聞かせる京太。しかし、この「潜在意識活用術」をもってしても、夜の眠りは深まりませんでした。加えて、もうひとつの難題が、彼に重くのしかかりました。それは、いなほ銀行による「貸し渋り貸しはがし」や「デリバティブ」の強要でした。経営は、苦境に立たされ、一時はギブアップ寸前まで行くことに。しかし、そこから、京太の奮闘が始まります。