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『オレたちバブル入行組』 - メガバンクの今日的状況

経済小説の対象としてしばしば取り上げられてきた業種のひとつに、銀行があります。その理由は、銀行が経済活動の潤滑油として機能する「お金」を個人・企業・自治体・国などに送り込むというきわめて重要な役割を果たしてきたからであると言っても過言ではありません。1990年代前半までは、「護送船団方式」という言葉に示されるように、弱い金融機関を保護する政策(旧大蔵省が経営体力の弱い金融機関がつぶれないように業界全体を規制していた)が採られていました。金融機関の合併や倒産はきわめて限定的で、競争のレベルもグローバルとは言いがたいものだったのです。そして、「ぬるま湯」のなかでは、革新的な発想・事業展開も大いに制限されていたのです。ところが、2000年以降になると、多くの銀行の合併・統合を経て、「メガバンク」と称されている巨大銀行が誕生しました。いまでは、国境を越えた銀行間の熾烈な競争が恒常化しています。今回は、大きく変化した銀行をめぐる今日的状況の一端を探るために、メガバンクを扱った作品を五つ紹介します。

メガバンクを扱った作品」の第一弾は、池井戸潤『オレたちバブル入行組』(文藝春秋、2004年)です。「やられたらやり返す。十倍返しだ」という名セリフで知られる熱血銀行マン・半沢直樹。彼を主人公にした「半沢直樹シリーズの第一弾」。2013年7月にスタートしたTBS日曜劇場の連続ドラマ『半沢直樹』(出演は堺雅人さん、上戸彩さん、香川照之さん)の原作。銀行業務がよくわかる本でもあります。

 

[おもしろさ] 「やられたらやり返す。十倍返しだ。」

本書のおもしろさは、なんと言っても、主人公の半沢直樹が立ちふさがる悪人たちと闘い、やっつけていく様を痛快に描き出している点にほかなりません。「オレは基本的に性善説だ。相手が善意であり、好意を見せるのであれば誠心誠意それにこたえる。だが、やられたらやり返す。泣き寝入りはしない。十倍返しだ。そして、潰す。二度とはい上がれないように」。と同時に、「バブルの時代」と「現在」における銀行を取り巻く環境変化や、依然として内在する銀行の体質・問題性にも遠慮のない指摘がなされています。それらの点も本書の特色と言えるでしょう。例えば、環境変化に関しては、「かつて護送船団方式で守られていた銀行は、困ってもお上が助けてくれた。だから、義理人情優先モードで中小零細企業に融資し、貸し倒れの山を築いたとしても安心していられたのだ。だが、いまは違う」。また、銀行の体質・問題性に関しては、「古色蒼然とした官僚体質。見かけをとりつくろうばかりで、根本的な改革はまったくといっていいほど進まぬ事なかれ主義。蔓延する保守的な体質。箸の上げ下げにまでこだわる幼稚園さながらの管理体制。なんら特色ある経営方針を打ち出せぬ無能な役員たち。貸し渋りだなんだといわれつつも、世の中に納得できる説明ひとつしようとしない傲慢な体質」。

 

[あらすじ] 銀行の悪しき体質を具現化した支店長とのバトル

バブル絶頂期の1988年。都市銀行の数は全部で13行あり、「銀行員はエリートの代名詞」でもあった頃に産業中央銀行に就職した半沢直樹護送船団方式と呼ばれる金融行政に守られた銀行という組織は、入ったら一生安泰といわれていた時代でした。同じ年、彼と同じ大学から入行した「同期の桜」も、それぞれに夢を抱き、希望に胸を膨らませて銀行の門をくぐりました。16年後の2004年、半沢は東京中央銀行大阪西支店の融資課長、要領がよく、やたらと顔が広い渡真利忍は融資部企画グループ調査役になっていました。ある日、半沢は、西大阪スチールに対する5億円の融資が焦げ付き、「粉飾を見破れなかった」という批判を繰り返す無責任な浅野匡支店長の攻撃にさらされることになります。長く人事畑を歩んできた浅野は、プライドの高いエリート。出世の階段を踏み外すことを耐えがたい屈辱と思っているような男でした。実際のところ、西大阪スチールへの融資を強引にまとめたのは、浅野自身でした。しかし、浅野は、融資の責任を半沢に負わせようと画策。副支店長や本部の人間をも味方につけ、半沢を徹底的に攻撃します。