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『下町ロケット ゴースト』 - モノづくりを極めたい。挑戦する経営者の夢と現実

「下請け企業を扱った作品」の第四弾は、池井戸潤下町ロケット ゴースト』(小学館、2018年)。ずば抜けた開発力・技術力を有した中堅企業だと、下請け企業に関する一般的にイメージ-「親会社の言いなりになり、常に弱い立場に置かれてしまう」-とは異なり、かなりの独立性を持つことがあります。その際、親会社と提携し、「対等の立場」で新技術の開発に取り組んだり、自社独自の裁量で取引先を決めたりすることはまれではありません。しかし、それでもなお、資本力の弱い中小企業の限界を超えることは容易ではないようです。東京大田区にある町工場「佃製作所」社長・佃航平を主人公にした『下町ロケット』シリーズ。高い人間力を有する経営者に恵まれた同社を舞台に、そうした課題・ジレンマへの対応を素材にした作品から構成されています。一作目の対象はロケット、二作目は人工弁、三作目となる本書はトランスミッション、四作目は無人農業用ロボットです。2018年10月、TBSテレビ系の日曜劇場で放映され、人気を博したドラマ『下町ロケット ゴースト』(主演は、阿部寛さん、土屋太鳳さん)の原作です。

 

[おもしろさ] 五つの企業の夢・戦略・思惑が交錯! 

「日々技術を磨き、エンジンの効率化をめざしてきた」佃製作所。同社に関わってくる会社が四つ登場します。一つ目は、佃製作所の大口取引先のひとつで、日本を代表する農機具メーカーである「ヤマタニ」です。新社長の意向で、外部調達コストを根本的に見直し、高級品の比重を低くして、低コストで汎用性の高い製品に重心を移したいと考えるように方針転換を図ります。二つ目は、トランスミッションメーカーの「ギアゴースト」です。企画設計に徹し、すべての部品の調達と組み立てはマレーシアの工場で行うという「ファブレス」です。三つ目は、業界内では「安さ一流、技術は二流」という評判のエンジンメーカー「ダイダロス」、四つ目は、大型ロケットの開発を主導する巨大企業「帝国重工」です。本書のおもしろさは、佃製作所を軸に、それらの企業の戦略・思惑がどのように交錯し、一つの物語としてまとめ上げられていくのかという点をスリリングに浮き彫りにしている点にあります。

 

[あらすじ] 「高性能であるべき」VS「ほどほどのものでよい」

佃航平54歳は、ヤマタニから厳しい要請を押し付けられます。それは、開発中のトラクターに搭載する小型エンジンの採用を白紙に戻してほしいというものでした。佃の方針は、エンジンは「高性能であるべき」というスタンス。だから、「ほどほどのものでよい」と言われたことにショックを受けます。危機感を持った航平は、農作業を経験するなかで、既存のトラクターでは、作業ムラが生じることを発見。そこで、均一に耕すことができるトラクターを作ることを決意。新たな目標の一つになったのは、高性能のトランスミッションの製造。ただ、いきなり、トランスミッションを作るのはハードルが高いので、トランスミッション用のバルブの製造から取り組みことになります。航平たちは、トランスミッションメーカーとして注目を集めている「ギアゴースト」と接触。社長と副社長は、帝国重工の事務畑の人間と天才エンジニアと称された人物でした。同社のトランスミッションは、基本設計以外、すべて外注。しかも、全パーツがコンペで決まることになっています。やがて、ギアゴーストのトランスミッションのバルブの受注をめぐる大森バルブと佃製作所の競争、大手トランスミッションメーカーであるケーマシナリーによるギアゴーストへの特許侵害の攻撃、帝国重工内部における権力闘争といった話が加わり、物語が進展していきます。最後に用意されているどんでん返しはお見事! 

 

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