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『掃除屋(クリーナー)』 - プロレスラーの場合

「お仕事いろいろ(3)」の第七弾は、黒木あるじ『掃除屋(クリーナー) プロレス始末伝』(集英社文庫、2019年)。小さい頃によく見たプロレス中継。いつも不思議だなあと思っていたことがあります。それは、どちらが勝つのかわからない熱戦が展開されていても、テレビの放映が終了する間際になると、必ず勝敗の決着がついてしまうことでした。その頃は深く考えませんでしたが、どうもプロレスには、レスラーの真剣勝負とその勝ち負けという要素だけではなく、レスリングの技を観衆に楽しんでもらうという「演出」という要素があるようです。本書は、そんなプロレス界の実態を垣間見させてくれる好著です。依頼を受け、相手をリング上で制裁する「掃除屋」という仕事をウラでやっているベテランレスラー・ピューマ藤戸が主人公です。

 

[おもしろさ] 「負けて、壊す」

依頼を受けて、レスラーに制裁を加えると言っても、舞台はあくまでもリングの上。観客は、いつもリングの上を注視しています。「その熱い視線の中で『掃除』をおこなうのは容易では」ありません。しかも、ピューマ藤戸の信条は、「負けて、壊す」なのです。勝ってしまったり、相手を再起不能にするぐらい痛めつけたりすると、自らのその後のレスラー人生に影響してしまうことになりかねません。それゆえ勝負には負ける。だが、掃除屋としての仕事はまっとうする。深刻な健康上の不安を抱えながらも、そういうポリシーを頑なに守っているからこそ、悪目立ちすることなく業界の一部のみに知られ、評価されているのです……。そうした彼の生き様を通して、プロレスの魅力・楽しさ、プロレス界の内幕、プロレスラーという仕事の大変さや求められることなどが浮かび上がるようになっているのが、本書の魅力と言えるでしょう! 長きにわたって、藤戸の主治医を務めている女医の奈良宏美、「15年前にネオ・ジパングを退団していますが、フリーになってから一勝もしてませんよね……。対戦した相手のうち、実に27名が対戦中に負傷していますよね」と藤戸に言い放ち、強引に取材攻勢をかけてくるフリーライターの海江田修三とのやり取りも、おもしろいですね! 

 

[あらすじ] 絶叫は、歓声と勝利を告げるゴングにかき消された! 

ピューマ藤戸は、「五十手前のロートルレスラー」。「けれども、体力や技術は若いころと比べても遜色がないと自負して」います。本日の対戦相手は、来日中のアメリカ人選手であるマンモス・バートン。リングネームに恥じぬ2メートルを超える巨漢です。その髭づらには、明らかに戸惑いの色が浮かんでいます。なぜかと言うと、消化試合だと呑気に構えていたのが、相手のピューマの方は、いわば「真剣勝負」。すっかりアテが外れってしまっていたからです。バートンこそが今日の「掃除物件」(ダスト)だったのです。その試合のキャッチコピーは、いうならば「怖いもの知らずの怪獣=バートン」VS「それに立ち向かう老いたドン・キホーテ=ピューマ藤戸」という構図。だから、その役割をきっちり演じながらそれを貫くというプロの精神で、藤戸は戦っているのです。「負けて、壊す。それが俺の仕事だ」。「ワン! ツー!」。レフリーが腹ばいでマットを叩く。スリーの声を聞く直前、藤戸は、バートンの人差し指の爪を一気にそり上げ、肉から離してしまったのです。獣の咆哮を思わせる絶叫は、歓声と勝利を告げるゴングにかき消されてしまいました。バートンにささやく藤戸。「これに懲りたら、あまり法外なギャラなんか要求しなさんなよ。金で揉めて雇い主に手をあげるなんぞもってのほかだ。次にやらかしたら、今度ァ、目をもらうぜ」。試合が終わり、帰路に就いた藤戸に、アキナと名乗る女性が花束を差し出します。そのブーケは、すべてプラスチック製の造花でした。それが意味するのは、「選手を始末してほしい」という依頼の合図だったのです。