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『サヨナラ坂の美容院』 - こんな美容院に行ってみたい! 

「理容師と美容師を扱ったお仕事小説」の二作目は、石田空『サヨナラ坂の美容院』(マイナビファン文庫、2017年)。美容師法によりますと、美容とは「パーマネントウェーブ、結髪、化粧等の方法により、容姿を美しくすること」と定義されています。「失恋した女の子の髪をタダで切ってくれる美容院」を舞台に、女子高生と店長・店員との交流や、美容師の客に対する接し方が描写されています。「第2回お仕事小説コン」の特別賞受賞作です。

 

[おもしろさ] 失恋した女の子は無料という美容院って? 

「失恋したら女性は髪を切る」。しばしば耳にします。それは、失恋で受けた心のダメージを、髪を切るという行為で落ち着けようとしているわけで、「防衛機制」の一種に当たるそうです。失恋した女性の心の傷が少しでも早く癒えるように、話を聞いてもらえて、代金をもらわないという美容院というのは、リアルな世界ではありえない設定! ですよね? が、もしそのような美容院があったら、いったいどのような展開になるのかを楽しむことができる内容になっています。「『誰にも言えないけど誰かに言いたいこと』って、誰にでもあって、美容師さんって、それを言える相手」としてぴったりの存在かも。人って、「ただ話を聞いてくれる。たったそれだけで救われる」ことがあります。客の話をじっくりと聞いてくれて、ベストな髪形に仕上げてくれる美容師というのは、ひょっとしたら、客に対する美容師のあるべきスタンスを示しているのかも。

 

[あらすじ] 女子高校生が美容院で見つけたもの

「失恋した女の子が行くと、失恋エピソードと引き換えに、タダで髪を切ってくれるんだって」という話を聞いた女子高校生の小林葵。近畿地方でも名の知れた高級住宅地の一角にある美容院の名前は、フランス語で「失恋」を意味する「クール・ブリゼ」。「あの……あたし、この、間。フラれたばっかりで……」と、美容院を訪れた葵。店長の美容師・立花港は「うんうん」と言って微笑んでくれました。ところが、美容師の卵(美容師専門学校の生徒)である高山蛍から「おい……。お前、適当なこと言ってるだろ」という声が。ウソがばれてしまったのです。帰ろうとしたとき、長い髪の清楚な女性客が店に入ってきました。「髪を……切りたくって。その、はじめてなんですけれど、肩までばっさりと」。「あなたの話を聞かせてくださいますか?」と港。葵も一緒に音大に通っているというその女性の失恋の話を聞くことになったのです。何十分か経ったあと、鏡の中には、生き生きとした輝きを秘めた彼女の姿が。それを契機に、葵のクール・ブリゼ通いが始まりました。そして、葵の気持ちはだんだんと港に向かっていったのです。

 

サヨナラ坂の美容院 (マイナビ出版ファン文庫)

サヨナラ坂の美容院 (マイナビ出版ファン文庫)