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『本日はコンビニ日和』 - 過疎の町のコンビニ事情

人口が密な都会にあっては、ちょっと歩けば、必ず見つけることができるコンビニ。まったく初めての店に入っても、なぜか違和感なく買い物ができてしまいます。どのチェーンのコンビニに入っても、「類似の商品」がところ狭しと陳列されているからでしょうか。もちろん、チェーン毎に、商品の内容や陳列の仕方には、それぞれの個性があるようです。が、よほどの常連客でないと、そうした違いを発見するのは、容易ではありません。ましてや、そこで働いている人のキャラクターや力量などに触れることは、至難の業と言えるでしょう。今回は、コンビニを扱った二作品を紹介するなかで、「必要なものを探して買う」という、ごく普通の一連の消費行動だけではわからない「コンビニの世界」について考えてみたいと思います。そこで働いている人たちの心情や仕事内容、多様なニーズと事情を抱えるお客とどのように接しているのかを探ってみましょう! 

「コンビニを扱った作品」の第一弾は、雨野マサキ『本日はコンビニ日和』(メディアワークス文庫、2017年)。舞台となるのは、人口千人にも満たない過疎の町である虹色町。店・事業所と言っても、セルフのガソリンスタンド、簡易郵便局、美容院、自動車工場、ピアノ教室ぐらいしかありません。それゆえ、コンビニは、いわば「町の唯一のライフライン」と言っても過言ではありません。売れ行きのいい商品だけを並べておくというコンビニの鉄則と同時に、町の住民たちにとっての必需品を広く揃えておくという配慮が大事な営業ポリシーにならざるをえないのです。創業したのは、小山すみれ。62歳で亡くなった彼女の遺言で、孫に当たる18歳の小山純平がオーナーになります。自信がないものの、一生懸命に店を運営する純平の姿が描かれています。なお、2020年3月26日~4月2日にも、コンビニをテーマにした三作品を紹介しています。興味のある方は、ご笑覧ください。

 

[おもしろさ] コンビニの仕事ならなんでもわかる「物語事典」

本書の魅力は二点です。一つ目は、なぜかいきなりオーナーに指名された18歳の小山純平のとまどい・低い自己評価と、周りのスタッフたちや常連客などの彼に対する温かい視線と純平の能力・働きぶりに対する信頼感という「ギャップ・コントラスト」の描写です。スタッフとしては、後述する両親のほか、28歳のハーフの美青年・正雄・リアム・Kさん、63歳の昭代さん、今年還暦の双子の春江さんと夏江さんが異彩を放っています。二つ目は、POPづくり、サッカー、前出し、フェイスアップ、ポリッシャー、廃棄ロス、スーパーバイザー(SV)の師子王との関係……など、コンビニで働く人たちがどんな仕事を行っているのか、行事やイベントのためにどのような準備がなされるのか、またそれぞれの作業には、いかなる注意と配慮が必要なのかが示されている点です。コンビニのお仕事ならなんでもわかる「物語事典」のようなコンテンツになっています。

 

[あらすじ] 「なぜ、俺が?」

かつては怪童と呼ばれた父・小山純之介(お人好しで優しく、だれからも好かれている)と、資産家の一人娘で賢明な麻理亜(すみれがオーナー業務を手伝わせていた)の間に生まれた、なにもかもが平凡な小山純平。無駄に神経質、愛想も良くないし、頭も固い。真面目にコツコツ継続していかないと人並み以上にはできないという要領の悪さも。したがって、オーナーに指名されたときから、「なぜ、俺が?」という疑問を持ち続けている純平です。「向いてないって、自分が一番わかっていた」のに、なぜ? 不安のレベルは、肉体的かつ精神的な痛みさえ、感じてしまうほど。だけど、そうした疑問・不安・苦痛に悩まされながらも、懸命に働く中で、自らが潜在的に持っている力にも気づいていきます。