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『小説 ヘッジファンド』 - デリバティブを駆使する「現代の相場師」

舞台は為替、債券、株式などの金融市場。突然出現し、空売り裁定取引デリバティブ金融派生商品)といった高度な手法を駆使して、集中的に投機行為を行います。マーケットを荒らし、膨大な利益をもぎ取っては去ってしまいます。それが、ヘッジファンドと称される投資顧問会社なのです。巨額の資金を投じて、市場をほしいままに操る、まさに「現代の相場師」とも言うべき存在。監督官庁に届ける義務や規制がなく、投資対象や投資手法に規制がかからない私募形式で資金を集め、すべての取引を秘密裏に行います。そのため、その実態はなかなかつかむことができません。今回は、ヴェールに包み込まれたヘッジファンドの実態に肉薄できる作品を二つ紹介します。

ヘッジファンドを扱った作品」の第一弾は、幸田真音『小説 ヘッジファンド』(講談社文庫、1999年)です。ヘッジファンドの核心に迫った小説。為替のディーリングの仕組みから始まり、デリバティブの具体的な中身、ディーラーの考え方などが、アメリカ系投資銀行などでの著者の勤務経験をベースにして、具体的かつ平易に解説されています。原題は、1995年に講談社から刊行された『回避』。この作品が書かれた1994年頃の日本では、ヘッジファンドデリバティブも、まだ一般にはあまり馴染みがない言葉であったことを付記しておきましょう。著者のデビュー作。

 

[おもしろさ] 銀行員も証券マンもマスコミも投資家も……

本書の魅力は、いうまでもなく、ヘッジファンドという金融顧問会社の活動それ自体を明らかにしている点にあります。と同時に、日本の現状に対する著者の厳しい批判・警鐘が随所で述べられている点もまた、興味がそそられます。「日本の銀行員や証券マンのように幼稚ではいられないでしょ。当局の手厚い庇護のもとでぬくぬくと生きてきて、客をのせてうまくやってきたつもりが、実は当局の風向きが変わったとたん、そのつけを全部払わされるはめになっていた。おそまつすぎる話だわ。どっちにしても、客の損失補填を証券会社がするなんていう、信じられないことの起きた国なのよ。そんなことまでしなければ客をつなぎとめられないことにこそ問題があるのに、その認識すらないんだわ…。プロとしての自覚なんて、これっぽっちもないのかしらと思う」「おまけに最悪なのは、きちんと批判すべきマスコミが不勉強で無責任で、ただヒステリックなだけだということ…いい加減に大人になってほしいわ」。日本の投資家って、「何かにつけ他力本願で甘えがある」。「リスクは取りたくない。しかし、運用益は得たい。ずいぶん勝手な話よね」。「大蔵省は金融法人を規制という紐でつないでおいて、エサを与えるのよ。自分たちの管理下に置きたいために、貴重な税金を使って無茶な保護をしているだけ。だから、日本経済はどんどん不健康になっているのよ」。いずれも、弁解の余地は一切存在しない、結果だけが重視されるディーラーの世界に生きた者であるからこそ言える言葉かも知れませんね。

 

[あらすじ] 悪名高いDファンドの「隠された意図」! 

都銀下位行である東洋銀行の為替ディーラーである岡田隆之。映画『ウォール街』にあこがれて、念願のディーラーに。3年目の春を迎えた頃、アメリカ系の投資銀行と比較すると、設備・地位・待遇面や個人の判断に委ねられる限度枠などで雲泥の差があるという現実に物足りなさを感じていました。それゆえ、ヘッド・ハンターを通じて、折からニューヨークの外国為替市場を揺らし続けている「Dファンド」からのスカウトに応じたのです。そのオフィスを初めて訪れた岡田の目の前には、想像もつかなかったようなハイテク設備がありました。スタッフの顔ぶれもすごいのです。そして、なによりもビックリしたのは、世界の金融市場を席巻する悪名高きDファンドの創設者で、ボスに当たる人物がまだ40歳そこそこの、高城智子という日本人女性であったことです。創設から3年経ち、1000億円もの資金を動かすほどに成長していたDファンド。最大の関心事は、少しでも投資効率を高め、客に還元する収益をいかに増大させるかという点に尽きます。物語のクライマックスは、Dファンドによって仕組まれた1ドル77円85銭という超円高を演出するプロセス。岡田の心のなかで、同じ日本人であるにもかかわらず、自分の利益を追求するためには、日本経済を支えてきた輸出産業を破滅に追いかねないレベルの円高を作り出すことに血眼になっている高城智子に対する不信感が増幅されていきます。ところが、彼女の意図するところは、「本気でこの国のことを心配している人間なんていやしない」日本の現状に対して、ショック療法を施すというものだったのです!