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『小悪党』 - 詐欺を「騙される側」から見ると

「詐欺師を扱った作品」の第三弾は、山崎将志『小悪党』(日本経済新聞出版社、2014年)です。先に紹介した『地面師たち』と『トロイの木馬』は、いずれも詐欺という行為を「騙す詐欺師の視点」から見た作品でした。それに対して、この『子悪党』はいわば「騙される側」の視線から見た作品ということになります。「それにしても、うまく言いくるめられましたなぁ」「あんな詐欺師とは微塵も思いませんでした」「詐欺師はな、詐欺師に見えんから詐欺ができる、ちゅうことや」。40歳目前、小さな会社をやりくりしている西村健一は、知人である北山慎二からの誘いに乗って太陽光発電ビジネスへの参画を決意します。のちに全体像が見えてきて初めて詐欺であることが判明するのですが、当初は、詐欺であるかもしれないといった疑問すら持つことがありませんでした。一方、北山についても、西村などから多額のお金を騙し取ることを目的にして太陽光発電所を構想したとは言い切れないところがあります。「社会貢献をしたい」「ビジネスを立ち上げたい」「メガソーラーの事業をやっていましてと自慢したい」といった動機も見て取れたからです。騙される方からすれば、北山は詐欺師に違いないのですが、「本物の巨悪の詐欺師」というよりは、「子悪党」という言葉が当てはまるような存在なのかもしれません。現に、太陽光発電ビジネス自体は、経済産業省からの設備認定書も受領しており、実際にビジネスとして進められていきます。ただ、そのなかには、「詐欺師である北山によって巧妙に構想された部分」が入り込んでいたのです。それゆえ、当事者である西村の「内なる不安」は一層大きなものにならざるを得なかったように思われます。太陽光発電の問題点についても紹介されています。

 

[おもしろさ] 詐欺師はこんな手口を使って騙そうとする

本書のメインの特色は、第一に、北山の言動に翻弄される西村の心の動きと行動、第二に、北山による詐欺行為をはじめとするさまざまな経験を通して西村の経営者としての資質と考え方が鍛えられていく過程、第三に、詐欺でダメージーを受けた、西村などの当事者たちがそれを糧にどのように対応していくのかというプロセスを描写している点にあります。ほかにも、詐欺師の典型的な手口についての紹介が印象に残るでしょう。①出会ってまだ間もないうちに不幸な身の上を語り、聞く人に「なにか力になれないか」と思わせる。②一緒に写っている写真を見せたり、名刺を出したりして、政治家・役人・有名人などとの関係をアピールして、「すごいなあ」と感じさせたり、信用させたりする。③やたらと大きな話をする。④頃合いを見計らって、実は耳よりの話があると言い始める。⑤小さな約束をして、それをコツコツ守る。⑥プロジェクトに関わる関係者同士をなるべく離して、重要な会合には一緒に連れて行かない。⑦いよいよというタイミングになったとき、緊急の事態をでっち上げてカネを取りにいく。それらの点に留意しながら読んでいくと、「なるほど」「やっぱり」と、うまく組み立てられた詐欺話として読者に理解されていくようにつくられているのかもしれませんね。

 

[あらすじ] 詐欺も糧に事業を前進させられるのか? 

6年前に東京通信電機というメーカーからリカバリースタジオに転職し、技術の責任者として勤務する西村健一。1年前の2011年8月に社長の阿部常夫と自分が立ち上げた子会社「ITA研究所」の副社長として業務に携わっています。ある日のこと、札幌郊外にあるオフィスに常駐している西村健一のもとに、かつて大手商社の東洋物産商事の子会社「東洋テクノトレード」の社長であった知人の北山慎二54歳が訪ねてきます。「仕事人生の最後を飾りたい」と言い放つ北山に誘われ、西村は、静岡県浜松での太陽光発電ビジネスに参入します。2012年11月、「株式会社ソーラーエナジー浜松」(SEH社)が創設。外堀が少しずつ埋められていった西村は、詐欺の渦中に飛び込む羽目に陥るのですが、当の西村はもちろん、読者にも詐欺だとは感ずかれない形で、ストーリーが進んでいきます。やがて、西村のPCに、女性ジャーナリストの沖本陽子から、SEH社と北山に関する数々の問題・疑惑を指摘し、北山の代表取締役からの解任を訴える衝撃的な「怪文書」が届きます。阿部と西村は、そうした事態をどのように認識し、いかに対応していくのか、そして、詐欺を糧にして事業をさらに前進させることができるのでしょうか?