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『黄土の疾風』 - 日中両国を知り尽くしたがゆえの行動力

中国ビジネスを扱った作品」の第二弾は、深井律夫『黄土の疾風』(ダイヤモンド社、2011年)。荒廃した中国農業の復興のみならず、自給率の低下、担い手不足、耕作地放棄が急速に進行している日本農業の危機をも克服するため、投資ファンド「疾風ファンド」を運営する大塚草児の活躍が描かれています。中国の政治・法律事情に精通していない者はけっしてビジネスで成功できないこと、そして、中国農業の再生に挑めるのは、日中両国の事情を熟知する者であることがよくわかる作品です。第3回城山三郎経済小説大賞受賞作。

 

[おもしろさ] 中国農村の現状と再生のための手法が明示! 

中国が抱える問題はたくさんあります。特に印象に残るのは、とりわけ舞台となっている黄土高原における農村・農民に関わる課題です。はげ山のような耕作不適合地、塩害、勤労意欲の不足……。本書では、そうした状況を克服するには、いかなる手法がありえるのかが示されています。そもそも、中国農村では、農業の市場化が日本よりずっと徹底されています。「農民は基本的に誰でも好きなだけ生産物を販売できるのです。逆に誰も保護してくれません。中国の農民に比べれば、日本の農民は過保護すぎるのです。役人の腐敗が激しいので、中央政府や地方政府から支給されるはずの所得補助ですら、彼らにピンはねされて農民の手に回らない。つまり何の助成もないのと同じなのです」。そうした実情に応じた再生のやり方が明示されているわけです。

 

[あらすじ] 異母兄弟の凄まじいバトルの行方

「中国農民の心と土をよみがえらせる」という大きな夢に向かい、日中両国の農業危機を克服するため、投資ファンドを設立し、貧しい黄土高原で村おこしを始めた大塚草児。彼をサポートするのは、大学中国文学科時代の同級生・元カノで、個性派女優の中村美佐子。そして、草児に対抗するのは異母兄弟の志村達也。日本有数の飲料メーカーである六甲酒造の創業家に生まれたものの、家を飛び出し、欧州の穀物メジャー「オレンジサント」が所有するオレンジファンドの中国担当マネージャーです。物語のひとつの核となるのは、六甲酒造のトップに就く可能性を有した、草児と達也という異母兄弟間の対立・戦いという構図。もうひとつは、六甲酒造をめぐる動向です。草児の後見人で、同社の社長を務める宮崎善幸は、ライバル社でもある「明治ビール」との経営統合を進めています。ところが、六甲酒造自体が、オレンジサントによる乗っ取りの標的になってしまいます。民族・格差問題、公務員の腐敗、GMO遺伝子組み換え作物)など、次から次へと難題が草児の前に立ちはだかります。