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『小説EV戦争』 - 日中韓の複雑怪奇な対立と協力の構図

4月1日、新しい元号が発表されました。「令和」と呼ばれる次の時代において確実に進行するのは、さまざまな領域における「パラダイムシフト」です。それは、従来のシステム・制度・常識が通用しなくなり、まったく異なった次世代のものに取って代わられていくことを意味します。一例を挙げましょう。自動車産業ではいま、「20世紀型のガソリン自動車」からハイブリッドカー、電気自動車、燃料電池車といった「21世紀型の次世代自動車」へのパラダイムシフトがグローバルな規模で進行中です。そこで、そうしたパラダイムシフトをもたらす「先端技術を扱った作品」を三回に分けて紹介します。

「先端技術を扱った作品」の第一弾は、深井律夫『小説EV戦争』(潮出版社、2017年)です。中国を舞台にした電気自動車開発の最前線を描写しています。安東省双慶市で計画されている「EV(電気自動車)タウン計画」の受注をめぐって、日本政府主導の「日の丸連合」、大胆な案を構想する韓国最大手のパルスン・グループ、優れたリチウム電池技術を有する大阪の中小企業・飛鳥化学を軸とした三つ巴の熾烈な攻防が描かれています。

 

[おもしろさ] 中国の長所短所を丸ごと包み込む「深井ワールド」

本書の読みどころは、なんといっても、中国経済・ビジネスを素材にした本を書いてこられた著者・深井律夫の分析力と表現力に裏付けられた「深井ワールド」のおもしろさです。すべてが一筋縄では進まない中国の長所短所を丸ごと包み込むかの如く、厳しい叱責を含みつつも、全体としては中国人に対する愛情に満ち溢れたコンテンツになっています。中国ビジネスに関わる人にとっては、格好の参考書です。また、自動車産業におけるパラダイムシフトが円滑に進展し、完結するには、根強い対立があっても、日中韓の三国間の絆・協力が不可欠という、著者のスタンスが示されています。

 

[あらすじ] 「EVタウン計画」の受注をめぐる駆け引き

中国安東省省都である双慶市は、有数の石炭産地として知られ、PM2・5が最も深刻な都市です。やり手の女性市長・鄭月花(50歳)が大気汚染対策として「EVタウン構想」をぶち上げたところから、物語が始まります。本書には、三人の女性が登場します。一人目は東都五和銀行北京支店の行員で、のちに飛鳥化学に出向することになる小野寺静香。二人目は中国のトップ官庁である国家改革委員会の副処長で、上司の過酷な命令に翻弄される張美香。三人目は韓国のパルソン貿易に勤務し、EVタウンチームのリーダーとなる林麗香です。三人ともハーフで、年齢も32歳。それぞれに複雑な生い立ち・境遇を経験し、異なった役割・任務を背負っていたのですが、やがて固い絆で結ばれていくことになります。EVタウン構想の実施に関する入札にいち早く名乗りを上げたのが、産業経済省、Jファンド、東阪電器などで構成される「日の丸連合」。小野寺静香が勤務する東都五和銀行もアドバイザーとしてこの「連合」に参加することになります。中国国家改革委員会で、張美香の上司である副主任の王毅然(50歳)も、真の目的を隠しながら、「日の丸連合」に協力。逆に、「日の丸連合」のやり方を批判した静香は、飛鳥化学をつぶせという命令を受け、同社に出向させられます。しかし、飛鳥化学に出向した静香は、その会社のリチウムイオン電池技術の将来性に目をつけ、出身銀行に反旗を翻すのです。やがて、石炭閥のボス・鄭月花と電力閥のボス・王毅然の正面衝突が勃発。謀略・フェイクニュース・裏切り・内通などが満載の実に壮大でおもしろいドラマが始まるのです。

 

小説EV戦争 上 (潮文庫)

小説EV戦争 上 (潮文庫)

 
小説EV戦争 下 (潮文庫)

小説EV戦争 下 (潮文庫)