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『ブラック・ローズ』 - 花形プロデューサーがじわじわと追い詰められていく

「テレビ局を扱った作品」の第三弾は、新堂冬樹『ブラック・ローズ』(幻冬舎、2009年)。テレビ局に対する大手プロダクションのごり押しに端を発するもめ事で責任を感じさせ、父を自殺に追い込んだ「ドラマ界の帝王」と称されるプロデューサー・仁科真一。彼への復讐のために鬼になることを決意した女性プロデューサー梨田唯の気迫と、真の愛を見つけるまでの長い道のりを描いた作品です。

 

[おもしろさ] 視聴率と芸能プロダクション:二方向からの圧力

この本のおもしろさは、嘘、恫喝、口からの出任せ、ヤラセ、でっち上げ、裏切りなど、ありとあらゆる手段を弄して、憎きターゲットを追い込んでいく、切なくて、すさまじい、徹底した復讐劇にあります。「そこまでやるのか?」「常軌を逸した一か八かの賭けの連続」。「いまは嘘でも、最後に本当にしていく」という唯の処世術と、「激怒し、猛反対していた人たちをうまく言いくるめてしまう」唯の話術に感嘆させられることでしょう。また、興味津々のストーリー展開のなかで、今日のテレビ業界が直面している課題が浮き彫りにされている点も、本書の魅力です。具体例を挙げますと、「ストーリー性のあるおもしろいドラマを書ける脚本家がいなくなってしまったので、原作を映像化したものばかりになっている」「大手芸能プロダクションの人気タレントを順番に主役にキャスティングする物語無視のドラマが氾濫している」「バラエティ番組が支配し、ドラマが端に追いやられている」「テレビ局が優先するのは、やる気のある有望なプロデューサーよりも、大手プロダクションの顔色を窺うこと」「視聴率至上主義の現在のテレビ界では、数字がとれなければ『良質なドラマ』もゴミ同然の価値しかない」。

 

[あらすじ] 「あなたが死に追い込んだ父の仇を討つためです」

累計500万部を超える河田泰三の大ベストセラーである『サムライ刑事』の映像化。過去にテレビ局や製作会社のプロデューサーが何人も足を運び交渉をしたものの、いまだに実現されていません。河田が、自分の小説の世界観を守ることに固執していたからです。制作会社メビウスのプロデューサーである梨田(旧姓葉山)唯は、河田にドラマ化の際には「原作の世界観を壊さない作品に仕上がる」と「嘘」をつき、サクラテレビに企画を持ち込みます。同社の第一ドラマ制作部を率いているのは、十年連続で民放のドラマ視聴率トップを守り、「民放ドラマの帝王」という異名を持っているチームプロデューサーの仁科真一。唯の父である葉山孝史と仁科は同期入社。かつてサクラテレビの二大エースと称されていました。ところが、10年前に、大手プロダクション・トリプルクラウンのごり押しによって、弱小プロダクションが倒産するという事態が生じ、その責任を痛感した父が自殺に追い込まれていったのです。唯が河田作品の映像化の企画を持ち込んだのは、仁科ではなく、二軍的存在と化していた第二ドラマ制作部のチームプロデューサーである境昭雄。さらに、仁科が担当する新ドラマで主役としてキャスティングされていたトップクラスの若手人気俳優・柏木直人を『サムライ刑事』の主役として「横取り」。怒り狂う仁科に対して、復讐にまっしぐらに突き進む唯は、「あなたが死に追い込んだ父の仇を討つためです」と宣言します。「親父と同じように、潰してやるよ」と仁科。こうして、長い年月をかけて準備された、仁科に対する唯の復讐劇が火蓋を切ったのです。

 

ブラック・ローズ (幻冬舎文庫)

ブラック・ローズ (幻冬舎文庫)

  • 作者:新堂 冬樹
  • 発売日: 2011/08/04
  • メディア: 文庫