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『バイアウト』 - 企業買収をめぐるさまざまな人間模様

株式を上場している限り、だれかに株式が買い占められ、乗っ取られるという懸念は完全に払しょくできません。実際、企業買収、M&A(合併と買収)、TOB(株式公開買い付け)といった言葉は、いまではごく日常的に起こりえることとして広く知られています。ちなみに、2021年におけるM&A件数は4280件、前年度比で14.7%の増加となっています(それには、経営者の高齢化などに伴う後継者不足を補うためのケースも含まれている)。買収には、お互いの会社が納得している形で行われる「友好的買収」と、買収される側が反発した状態で行われる「敵対的買収」があります。なかでも後者の場合、買収する側と買収される側の「考え・思惑の違い」だけではなく、「買収に名乗りを上げる企業同士の競争・対立」といった、さまざまな「人間ドラマ」が多く生み出されることになります。今回は、企業買収を扱った作品を三つ紹介しましょう。なお、企業買収については、2021年2~3月に取り上げたことがありますので、二度目となります。

「企業買収を扱った作品」の第一弾は、幸田真音『バイアウト』(文藝春秋、2007年)です。買収する側とされる側の攻防劇と、買収しようとする複数の企業間でのバトルが見事に描写されています。M&A に関わるビジネスの実態・課題やTOBのやり方などについても言及されています。

 

[おもしろさ] 買収プロセスのスリリングさ! 

本書の魅力は、企業買収に関わってくる人たち(買収する側、買収される側、株の買い付け作業を受託する証券会社など)がそれぞれにどのような思い・思惑を持ちながら、買収の達成という目標に向かって突進していくのか、そのプロセスをスリリングなタッチで描き出している点にあります。

 

[あらすじ] 復讐劇も介在した買収劇

6年半前の1999年8月、同じ京都大学出身の仲間たち三人で「相馬コンサルティング」(相馬ファンド)を立ち上げた相馬顕良47歳。いまや、センセーショナルな話題を振りまき、世間の注目を集める投資ファンドになっています。相馬が「獲物」として目を付けたのは、売れ筋の若い歌手を抱えている「ヴァーグ・ミュージック・エンターテイメント」(以下ヴァーグ)。同社への買収工作に際し、相馬ファンドが「ブロック・トレード」(証券会社が売り手と買い手の仲介役となり、それぞれの顧客と相対で行う大口の株取引。証券会社にとっては、リスクが少なく、充分な利益が得られるので、魅力的な取引形態になっている)で買収の協力者として考えたのは、ラーンス・ブラザーズ証券でした。それは、同証券東京支店資本市場・株式チームに所属する広田美潮の熱心なアプローチが功を奏したからです。しかし、相馬ファンドから、ターゲットがヴァーグであることを聞いた美潮は驚きます。なぜならば、同社の重鎮である三枝篤は、美潮の「父」だったからです。しかも、彼女は、自分を捨て、家を出ていった三枝に対しては強烈な恨みを持ち続けていたからです。それゆえ、同社の株式を買い、社長の波多野惣一や「父」の三枝を慌てふためかせるのは、美潮の「復讐心」を満足させることでもあったのです。他方、全国に百カ所以上の店舗を有する新興の大規模小売店七福神」の創業者・岡本吾一もまた、ヴァーグを狙い始めました。ここに、ヴァーグ買収劇に関わる主要な人物が出揃うこととなります。が、実際の買収劇は、さらに複雑な様相を呈していくことになっていきます。そして、最後にはどんでん返しが……!