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『笑う招き猫』 - ふたりの女漫才師の成長物語

テレビ番組や舞台で視聴者や観客を楽しませてくれる芸人たち。具体的には、コメディアン、落語家、漫才師、コント俳優、マジシャンなどを挙げることができます。人々に「お笑い」を提供するというのは、イメージ的には「楽しそうなお仕事」。でも、一人前のプロの芸人として食べていける収入を得るのは結構大変なのです。そのためには、特定の技能や芸能に精通し、人を引き付ける「華」を作り出すことが求められます。そして、努力のみならず、幸運が必要なのです。ただ、芸人になるのに、これといった資格があるわけではなく、どこからがプロなのかという線引きも決して簡単ではありません。アルバイトをしながら、プロの芸人をめざすというケースが非常に多いのも、この世界の特徴です。今回は、芸人の世界を扱った作品を三回に分けて紹介します。

「芸人を扱った作品」の第一弾は、山本幸久『笑う招き猫』(集英社文庫、2006年)。男との愛よりも、笑いを取ることこそが幸せという、駆け出しの女漫才師「アカコとヒトミ」の成長および友情の物語。2017年3月20日~4月17日に毎日放送で放送されたテレビドラマ『笑う招き猫』および同年4月29日に公開された映画『笑う招き猫』の原作。主演者は、いずれも清水富美加さんと松井玲奈さんでした。

 

[おもしろさ] 「きちんと練って作りあげた笑い」を求めて

お金はほしいけど、その場限りの盛り上がりだけを狙う漫才はしたくないと言い放つアカコとヒトミ。ふたりがめざすのは、「きちんと練って作りあげた笑い」。まるでテレビという化け物にもてあそばれているかのような、珍妙な装いや、一発芸、ギャク、はでな動きのみで観客受けをねらった笑いなどは、めざすところではありません。そうは言っても、練って作り上げた笑いを実現させるためには、ネタの新鮮さやプロダクション側の理解・サポートはもちろんのこと、手足の動きや位置、視線、首の振り方、言葉のイントネーションなどについての実に事細かい日常的なトレーニングが必要なのです。この本の魅力は、「漫才師というお仕事」を究めることを志した若手漫才師の成長と友情を浮き彫りにしている点にあります。

 

[あらすじ] いつかはきっと大舞台での大爆笑を

愛想の良いアカコは27歳。身長180センチと「のっぽ」。ネタ帳をつくり、いつも新ネタ探しをしています。他方、28歳のヒトミの身長は150センチ。体重60キロの「豆タンク」。一見運動神経が鈍そうに見えるのですが、幼少のころからクラシックバレエと日本舞踊を20年近く習っています。しかも、物真似芸はピカイチ。ふたりの出会いは、8年前の学生時代のことですが、コンビを組んでからはまだ2年。超貧乏で、彼氏なし。初舞台は大失敗。所属している「桃餐プロダクション」の打ち上げで、アカコはセクハラを働いた先輩芸人を殴り倒して、大目玉。しかし、マネージャーである永吉は、舞台のたびに気づいたことを細かくチェックし、レポートをまとめてアドバイスをくれます。「いつかはきっと大舞台で大爆笑をゲットすること」を願いながら、毎日稽古に励むふたり。そうしたなかで、テレビ局のエヌ・エッチ・ケーの芸人の新人発掘番組のオーディションに合格! 

 

笑う招き猫 (集英社文庫)

笑う招き猫 (集英社文庫)