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『社会保障クライシス』 - 孫の世代にもつながる社会保障改革とは? 

いま、政府レベルでの最重要課題として注目されているものに、「すべての世代が安心できる全世代型社会保障」の充実があります。先月まとめられた全世代型社会保障検討会議の中間報告で打ち出されたひとつの柱は、高齢者の就労促進などによる社会保障の「支え手」を増やすこと。そして、もうひとつの柱は、負担能力のある人には年齢を問わずより多くの負担をしてもらう「応能負担」です。いずれも、社会保障改革に必要なステップになることを否定するわけではありません。が、それらが「加速化する少子高齢化に十分に対応できる抜本的な改革」になりえるのかと問われれば、やはりまだ不十分と言わざるをえません。社会保障には、年金・医療保険・社会扶助(育児・介護、社会的弱者への救済)といった三分野があります。すそ野は実に広く、それぞれの分野で多様な組織が活動し、膨大なお金が動いています。それゆえ、それらを変えていくのは、至難の業と言えるのです。そこで、今回は、社会保障改革の全体像を扱った作品と、生活保護という現場を扱った作品を二つ紹介したいと思います。

社会保障を扱った作品」の第一弾は、安達和夫『社会保障クライシス』(幻冬舎メディアコンサルティング、2016年)。社会保障制度の改革は、会社の再生とは異なって、国民生活に密着し、人々の暮らしを左右するもの。巨大な利権構造が強固に築かれています。一朝一夕に変えるには、大変な覚悟が必要です。半面、「そうした社会的セーフティーネットを国民が実感しない限り、日本の成長はあり得ないのも事実」なのです。社会保障改革の重要性と困難性を知ることができる作品。

 

[おもしろさ] 変革を余儀なくされている従来の社会保障制度

日本の社会保障制度の骨格が作られたのは、高度成長期のことです。定年後も安定した生活が送れ、病気になっても最善の医療が受けられるというのが、その目的でした。当時は、国の税収も右肩上がりに増え、社会保障に回せる財源も潤沢だったのです。しかし、バブルが崩壊し、高齢者が増加し、財源にもゆとりがなくなったことで、社会の環境が大きく変化します。にもかかわらず、歴代の政府は、小手先ばかりの対応に終始し、抜本的な社会保障改革を先延ばしにしてきました。数多くの利害関係が複雑に絡み合って、制度改革を簡単には許さないという事情があったからです。しかし、もはやそうした現状をそのままにしておけないほどに、事態は深刻化しているのです。この本の特色は、そうした環境変化を踏まえて、いったいどのようにしていけば、孫の世代までも安心して暮らせるために抜本的な社会保障改革を実現できるのかという道筋と改革の全体像を提示している点にあります。

 

[あらすじ] 二人の改革者は、不退転の決意で

「人を生かすことで企業再生を実現させてきた実績を見込み、是非とも副総理として入閣され、社会保障改革本部長に就任し、日本再生に貢献していただきたい」。鉄鋼最大手の丸菱製鉄所の元社長で、日本経済産業連合会会長を務めた美馬祐一郎に対し、かつての部下で、いまは内閣総理大臣になっていた村元竜太郎は、そのように懇願します。社会保障改革本部発足時の会見。それに対するマスコミの論調には、「検討もこれからというのに、最初からできない理由ばかり挙げる」といったものも。このような状況下、二人の改革者は、不退転の決意で不可能ともいえる社会保障の再生に挑んでいきます。「本気で最善の途を探ってさえいれば、その気持ちは必ず相手にも伝わる」という信念とともに。

 

社会保障クライシス

社会保障クライシス

  • 作者:安達 和夫
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2016/02/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)