「お仕事いろいろ」というテーマのもと、紹介される作品の第三弾は、山本甲士『そうだ小説を書こう』(小学館文庫、2012年)。左遷と離婚を経験し、佐賀で一人暮らしを始めた山本宏司。まともな文章を書くことも怪しかった彼が、対話を拒否している一人息子のために小説を書くことを決意します。しかし、とてつもなく高い壁にぶつかり、幾度となく挫折を経験……。プロの物書きになるためには、なにをどうやればよいのか? 小説を書くための技術や心構えとは、いかなるものなのか? この本を読めば、よくわかると思います。自伝的小説でもある本書は、2006年に、著者名山本洋として刊行された『君だけの物語』を改題し、加筆改稿したもの。
[おもしろさ] 才能がなくても、文章・小説技術を身に着ければ……
小説家になるには、なにが必要なのか? 多くの人は、才能と答えることでしょう。しかし、この本の著者なら、「覚悟と努力」、それと、「書き続けるための動機・モチベーション」と答えるように思います。とはいえ、いったいどんな覚悟と努力が要るのか、一般人には、なかなかわかりません。本書は、才能などなくても、小説を書くための技術をしっかりと身に着けていけば、プロの作家にもなれることを教えてくれます。
[あらすじ] 「自分も何か書いてみたい」と強く思った瞬間
某生命保険会社の東京本社で広報室次長として働いていた山本宏司。もともと仕事熱心な人間でした。ところが、2002年6月、佐賀支社地域奉仕課長として異動。「会社の幹部連中を怒らせた末の左遷」でした。異動の4ケ月前に、家庭を顧みない生活をしていたことが原因で、離婚。まったく馴染みのない佐賀での一人暮らしが始まったのです。2ケ月ほど経過する頃には、「こういう生活もまんざらでもない」と思えるようになっていました。ある日、偶然訪れた佐賀市立図書館で、小学校の三、四年生ぐらいの女の子が、「実にいきいきとした楽しげな表情で、何冊かの本を胸にぎゅっと抱きしめていた」光景を目の当たりにします。「それらの本を借りて読むことが楽しみで、今からわくわくして仕方がないという感じだった」のです。「子供の表情をあんなに幸せそうにしてしまうなんて、凄いな……」。その瞬間、「自分も何か書いてみたい、と強く思った。何かをずっと探していたけれど、それが何か判らずにいて、突然その正体に気づいた、そんな気分だった」のです。背景には、自分との対話を拒否する一人息子の直幸の存在がありました。物語やミステリ―が好きな彼との絆を、自分がつくった物語で回復させたいという思いがあったのです。そうはいっても、文章作成や小説技法の初歩的な知識すら持ち合わせていた宏司の場合、実際に小説を書き始めるまでには、想像を絶する格闘が待ち受けていたのです。