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『がんこスーパー』 - つぶれそうなスーパーの副店長への転身

平均寿命が長くなったいま、40歳~50歳代は「中年」と呼ばれています。企業でいえば、幹部社員の多くを輩出する年齢層。と同時に、リストラの対象になりやすく、配置転換・左遷・転職・退職などを経験しがちな年齢層でもあります。それまでに培っていた技能や情報が、時代の変化に合致しなくなった。若い層とシニア層の板挟みで、悩みは尽きない。現状のまま残りの人生を歩みたくないという感情が生まれた。もう一度、かつての夢を追いかけたい……。さまざまな理由で、それまでとは異なった人生を歩むことになるケースが多々あるようです。今回は、中年男性の「再出発」を扱った作品を三つ紹介します。

「中年男性の再出発を扱った作品」の第一弾は、山本甲士『がんこスーパー』(ハルキ文庫、2018年)。食品会社をリストラされた中年男・青葉一成は、弱小スーパーの副店長として働き始めます。当初は、店長やパートからは、白い目で見られ、意思疎通さえまともにできない状況。しかし、徐々に店の再生のため奮闘することになります。

 

[おもしろさ] 「がんこ野菜」というポリシーを軸に

本書の読みどころは、なんといっても、中年男の青葉一成が小さなスーパーの活性化に取り組み、徐々に成果を見える形にしていくプロセスにほかなりません。最初に心がけたのは、女性スタッフたちに笑顔で挨拶をすること。プライベートでは、近くの競合スーパーで買い物をして店内の様子を観察し、学ぶべき部分を見つけてはメモを取ること。そして、定例ミーティングで提案し、それを実践していきます。やがて、スーパーの経営者や多数派の消費者の意向に逆らって、「大きさや形や数量をそろえることよりも、身体にいいもの、美味しいものを、頑固に作り続ける」という「がんこ野菜」の考え方を確立。それをベースに、彼を取り巻く人々の協力を得、改革の渦は広がっていきます。

 

[あらすじ] 「生まれて初めての冒険」

ワンマン社長である富野民夫の指示で行われた資産運用の失敗が原因で、3年前から深刻な状況にあるワタミキ食品。熊谷人事部長による早期退職の勧告に応じ、青葉一成は、九州北部と山口の小規模スーパー十数社が出資して設立されたグリップグループの開発課長として転職することに。大学時代の友人からの紹介でしたが、一成にとっては、「生まれて初めての冒険」でした。ワタミキの同僚からは、「沈みそうな船から一人だけいち早く脱出……、いいな!」というやっかみの声も聞こえてきました。ところが、グリップグループの社長が突然変わってしまい、一成の受け入れ先が、佐賀市内に一店舗のみの「みつばストア」副店長に変更されたのです。初めてみつばストアに赴いた一成。周辺には、全国チェーンの有名スーパー「ミント」のみならず、佐賀県内で三店舗を持ち、グリップグループの加盟店でもある「キョウマル」(その会長兼オーナーである片野猛司が同グループの新社長に就任した人物)があることに驚きます。それだけではありません。みつばストアに入ってみると、日曜日だというのに、店内に客はまばらで、BGMもありません。駐車場もガラガラ。店長の吉野には、「キョウマルの差し金」とみなされ、商品の運搬・陳列、店内の清掃以外には一切タッチするなと言い放されます。そのうえ、パートのおばさんたちも、まったくやる気がありません。店の運営を改善し、売上アップを図ることなど、至難の業のように思え、頭を抱える一成。が、娘の前で、あのつぶれそうなスーパーを必ず立ち直してみせると言ったのです。