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『団塊の世代』 - 日本経済を発展させた「功労者」か? 低迷の元凶か? 

団塊の世代」とは、1947年から49年にかけての戦後ベビーブームの時代に生まれた世代を指しています。その用語を生み出したのは、通産省の官僚であった堺屋太一が書いた小説『団塊の世代』(1976年)です。なにしろ、3年間の合計出生者がおよそ800万人という膨大な数を擁する世代。彼らは、常に過当競争と過剰施設を生じさせ、戦後の日本経済に大きな爪痕を残したのです。若い頃は、高度成長期の労働力の主要な担い手となりました。壮年期には、バブル経済を引き起こしました。定年を迎える2007年~2009年には、大量の退職者が出たことで、労働力不足を作り出しました。そして、「2025年問題」(その年、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、日本が超高齢化社会になること)という言葉に示されるように、深刻な医療・介護・年金問題を引き起こす大きな原因に……。今回は、そうした変遷をたどってきた「団塊の世代」を描いた堺屋太一の作品を三つ紹介したいと思います。

団塊の世代を扱った作品」の第一弾は、堺屋太一団塊の世代』(文春文庫、1980年)です。電機・自動車・銀行・官庁を舞台に、団塊の世代に属する主人公が時代の流れのなかで、どのように立つ位置を変化させていくのかを描いた四つの短編小説から構成されています。1976年の時点で、のちに大きな問題となる「リストラ問題」(=「ミドル・バーゲン」)を予測していたことで、「近未来経済小説」という領域の先駆けとなった記念碑的な作品です。

 

[おもしろさ] 団塊の世代の未来を「予測」! 

最大のセールスポイントは、なんといっても、「近未来経済小説」という表現に示されるように、団塊の世代の未来を「予測」している点にあります。ひとつだけ象徴的な事例を挙げれば、かつての高度成長を生み出した人たちは、日本経済を発展させた「功労者」ではなく、まだまだ余力があった時期を無為無策に過し、ツケを将来に繰り延べた「責任者」として考えられることもありえるという点でしょうか! 団塊の世代が演出した日本経済の「春と夏は短かった」ということが強調されています。

 

[あらすじ] 時代の流れとともに

第一話は1980年代中葉を描いた「与機待機」。需要の低迷、増大する人件費、然るべきポストの不足といった難題を抱えるA電機工業。社長室企画課長富田繁樹38歳が、新規事業の開拓と銘打ち、「コンビニエンス・ストア・チェーン」構想を作成。ところが、意外な結末に! 第二話は80年代末を描いた「三日間の叛乱」。K自動車工業総務部総務課付課長の白石清志をはじめとする40歳の坂を越えた同年輩のエリート社員たちは、人望のある総務部次長・藤尾泰佑を「希望の星」に仕立て上げ、会社の消極姿勢を変えさせようと画策。しかしながら、彼らの行動は腰砕けで終わってしまいます。団塊の世代に属する彼らは、すでにそれなりに地位につき、「失うものがあるため、団結できない人種」と化していたのです。第三話は90年代前半を描いた「ミドル・バーゲン」。46歳の野坂良雄は、なんと6人もいるN銀行本店調査第三部副長の一人。かつての部下・大園美貴のアイディアをベースに、「業種の異なる企業の間で、二、三年の単位でミドルを相互に出向し合い、従来の経験や人間関係をいかして違った分野での仕事を行わせる」という「ミドルの相互乗り入れ計画」が公表されます。野坂もその対象者となり、A百貨店への短期出向者に……。第四話は90年代末を描いた「民族の秋」。52歳の福西裕次は、年間何十兆円にものぼる老人対策事業の企画調整に当たっている総理府参事官となっていました。「老人を社会として扶養するのは国民の義務だ」と信じる福西は、老人の生活を守るために奔走。それに対して、若手官僚の大友勝利は、こういう状態が続けば、「やがて若い世代の叛乱が起きるかも知れませんよ」と言い放ちます……。老人たちこそ、「あの高度成長時代を演出し、今日の豊かな日本を築いた功労者なんだからね」と反論する福西に対して、大友は驚きの言葉を発したのです。