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『女神のサラダ』 - 人生いろいろ、農家もいろいろ

「農業を扱った作品」の第三弾は、瀧羽麻子『女神のサラダ』(光文社、2020年)です。全国各地の多様な農家が舞台。さまざまな悩みを抱えることで「迷子になった女性たち」が、農業との関わりのなかで、生への指針と希望を見出していきます。八つの短編小説から構成。

 

[おもしろさ] 8人の女性たちが抱えていた悩みとは? 

人が持っている悩み事は、多種多様。人の数だけあると言っても過言ではありません。例えば、①アラサー女子の中村沙帆は、母親に自分の仕事について正直に話せません。②「任せて」なんて言ったことがなく、「頼もしい」と言われたこともないという「自信なし女子」の横尾真里亜。③収穫の繁忙期に臨時に手伝ってもらう定年男性の自慢話と余計な口出しにうんざりさせられてばかりの新美淳子(大型の機械や車両を駆使して大規模農業を経営している)。④農業女子をめざして入学したのだが、遊んでばかりの同級生たちとの付き合い方に戸惑わされている坂本葉月。⑤実家の果樹園を手伝うことになり、改善策を提案するものの、反対ばかりする義父と間に大きな溝を感じている織田美優。⑥離婚し、実家の牧場で働き始めたが、そこで子どもを養育することにためらいを感じている森佐智子。⑦若い時に愛し合ったものの、「妻がいるので、結婚できない」と告げ、去っていったギリシア人の男性レオと、彼が残してくれた小豆島の邸宅で暮らす光江との切ない恋物語。⑧小学二年生の頃になされた「約束」。須地夏美がつくったトマトをシェフになった桜田隼人が使うことで、22年の歳月を経て、その約束が果たされる。本書の魅力は、8人の女性たちが抱えていた悩み・問題とその解消に向けての道筋が、農業が関わるさまざまなシーン(経営者、従事者、作物、農村の景観、農業大学校など)を通して明らかにされていく点にあります。

 

[あらすじ] 病み上がり女性が農場で発見した多くの「うれしい」

システムエンジニアとして働いていたものの、健康を害してしまった中村沙帆。「病み上がり」の彼女がハローワークで紹介してもらったのが、レタスを主力商品とする群馬県農業法人高樹農場。「やせっぽちだし、顔も青白いし、この子ほんとに大丈夫かなって」と、周りの人たちは心配しています。しかし、従業員と一緒に進んでいくという社長の経営方針、従業員の温かい励まし、心が洗われる農場周辺の風景などのなかで、たくさんの「うれしい」を発見。そして、いまの自分をさらけ出して、ずっと悩み続けていた母親との意思疎通のなさを埋めていこうと決意するのでした(「夜明けのレタス」より)。そのほか、上述したような悩み事を有した主人公たちが登場し、さまざまな角度から農業の魅力が語られていくことに。