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『南青山骨董通り探偵社』 - 探偵業務の多くはとても地味なもの

探偵とは、トラブルを抱える法人や個人の依頼を受けて、調査を行ったり、仲裁をしたり、助言をしたり、護衛や手助けをしたりといったさまざまな業務を行う職業です。ミステリー小説や映画などでは、その華々しい活躍がしばしば取り上げられます。ところが、実際の業務内容は、相談者の日常と深く関わるものが多く、警察では対応してくれない、不倫や浮気の調査が非常に高いウエイトを占めているそうです。今回は、探偵の仕事がどのようなものなのかを探るため、三つの作品を紹介したいと思います。なお、2022年12月15日~12月20日に、探偵というテーマで二つの作品を紹介しております。ご参考にしてください。

 

「探偵」を扱った作品の第一弾は、五十嵐貴久『南青山骨董通り探偵社』(光文社文庫、2015年)。大手自動車メーカーの営業部で働きながら、6名のスタッフを擁する探偵社に体験入社することになった井上雅也25歳。ミステリアスな金城健一社長を筆頭に、個性派ぞろいの先輩社員(キャバクラ嬢、元刑事、現役の女子プロレスラーなど)とともに活躍する姿が描かれています。およそ信頼というものが成り立っていない自動車会社と比べて、「仲間を信頼し、仲間を救うのが絶対的な優先事項になっている」探偵社とのコントラストが浮き彫りにされています。探偵という仕事の実態がよくわかる作品です。

 

[おもしろさ] 元手がいらず、だれでも立ち上げることができる

探偵社というのは、「認可事業ですが、はっきり言って誰でも立ち上げることが可能な仕事です。面白いところですが、この業界にはそれほど横のつながりがない。決まった料金体系なんてないんです。どこの社でも、調査料というのは自分たちの都合で決めている。言い値なんですね」。「探偵というのは元手がいらない。体ひとつでもできます。特殊な能力もいらない。経費がかからない仕事なんです」。本書の特色は、探偵業務-実際に雅也が担当することになる最初の業務は、夫が依頼者となる「妻の浮気調査」。次の業務は、現役の女性刑事が依頼人となる、有名な名門私立校「青山栄川」の中等部にいる女子生徒と同校の教師の身辺調査-が実際にどのような形で行われるのかを明らかにするとともに、上述のような探偵業界の特徴についての情報を得ることができる点にあります。

 

[あらすじ] 落ちこぼれの営業部員が探偵社に体験入社

新卒で、日本最大の自動車メーカー「トヨカワ自動車」に入社して3年が経過した井上雅也。大学はそこそこに一流でしたが、飛び切り優秀な大学生だったわけではありません。配属されたのは営業部。右も左もわからない新入社員でも、4か月もすると、ベテラン社員と同じ仕事をこなさなければなりませんでした。しかも、なにをすればいいのか、だれも教えてくれません。百人近い営業部のなかで、話ができる人間は皆無。全員がライバルだったからです。ほかの部署への異動もかなわず、1年ぐらい前から、いつも「辞めたい」という思いが頭をかすめる、いわば「やる気なし状態」になっていました。でも、辞める度胸がないことも自覚していたのです。ある日のこと、ランチを食べるために立ち寄ったハンバーガーショップで、南青山骨董通り探偵社の金城社長から「私立探偵になる気はありませんか」と尋ねられます。金城は、雅也が担当した顧客からの情報で、彼に興味を持ち、いろいろ調べたようです。雅也に関しては、「自分の会社が提供できるサービスについて、メリットもデメリットも正直に言う、態度がフェアで、私利私欲を感じさせない、若いからスキルや経験不足は歪めないが、気持ちのいい男」「強いやる気は感じないが、嘘をついたり自分を良く見せたりしない。鋭いとは思わないが、信用できる男」。そのように理解していたのです。話し合いの結果、トヨカワ自動車で働きながら、探偵社で体験的に働いてみることになります。こうして、雅也は、夕方の5時半過ぎに退社したあと、今度は探偵社で働くという新たな生活をスタートさせたのです。