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『おいしい野菜が食べたい!』 - 慣行農法 VS 有機栽培

広い耕地を大型の農業機械で耕作する欧米型の大農法。他方、日本農業を特徴づけてきたのは、狭い耕地に比較的多くの労働力と化学肥料を使う集約農業でした。しかし、既存の農業・農村はいまや、さまざまな点で曲がり角に立たされています。農業人口の激減だけではありません。高齢化が進み、後継者が見出せず、耕作放棄の対象地が増加。農村では、古くて保守的な体質が根強く維持されているため、イノベーションに対する抵抗感もけっして半端ではないようです。今回は、新しい日本農業活性化の方向性・可能性の一端を探るため、①農業法人、②有機農業、③新規参入、④農業経営の多様なあり方、⑤人と農業とのいろいろな関わり方などを扱った作品を三つ紹介してみたいと思います。

「農業を扱った作品」の第一弾は、黒野伸一『おいしい野菜が食べたい!』(徳間文庫、2019年)です。昔ながらの農業を細々と行ってきた、田舎の小さな集落が舞台。化学肥料や農薬を使わない有機農業を始めたばかりの女性・木村春菜。彼女を手伝うことになった青年・小原和也。村の農業生産法人の部長で、「近代農業」を志向する上田理保子の三人を軸に、①既存の農業(「慣行農法」)をどのように変えていけば良いのか、②新しい動きを阻むものとはなにか、③有機農業とどう向き合えば良いのかといったことについて大いに考えさせられる作品に仕上げられています。原題は、2015年に廣済堂出版より刊行された『となりの革命農家』。なお、農業をテーマにした作品は、2019年11月21日~12月3日にも紹介しており、今回が二回目となります。

 

[おもしろさ] 有機栽培農家に対する無理解・偏見

舞台となるのは、Y県X郡大沼という人口800名あまりの集落。そこでは、松岡毅に代表される大地主の権威が絶対的で、村の運営を事実上支配し、新しいことには消極的な姿勢を貫いていました。村人たちは、松岡の顔色をうかがいながら日々暮らしています。彼らは、一致団結を掲げてはいるのですが、隣人同士の仲が特に良いわけではなく、足の引っ張り合いも日常茶飯事。そのくせ、外部の人間が編入してくると、よそ者イジメを始めるのです。「農家全体に占める比率はわずか0.6%」という有機栽培農家に対する無理解・偏見も、相当なものです……。本書のおもしろさは、そうした旧態依然の慣行が維持されている農村で、新しい息吹がどのように吹き出し、大きく広がっていくのかというプロセスの描写にあります。

 

[あらすじ] 三人三様の「進む道」

地元の農業高校を出たものの、大沼から飛び出して、東京で暮らしていた小原和也。「生来の勉強嫌い」ときています。結局、挫折して村に戻り、道の駅の直売所でアルバイトをしていました。そこで、農薬を使わない有機農業を始めたばかりの木村春菜と出会い、彼女を手伝うことになります。他方、左遷されて農業生産法人「アグリコ・ジャパン」(東日本フーズの子会社)の営業・生産部長になった上田理保子は、東京の本社への復帰にしか関心を持たない氷川卓社長と対立しつつも、新しい農業活性化の秘策を胸に秘めていました。のちに「アグリパーク計画」と命名された、「民間が行う農業特区」という理保子の構想とは、大沼にある農地をひとまとめに集約し、農業への参入を考えている他業種の企業に対し、アグリコ・ジャパンが持っているすべてのノウハウを提供するような事業です。それゆえ、彼女にとって、「有機農業とは、農業の近代化にストップをかける、阻害要因以外の何物でもなかった」のです。こうして、三人三様の「進む道」が徐々に明らかにされていきます。さて、「アグリパーク計画」は、いかなる展開に?