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『農業男子とマドモアゼル』 - 30歳から始まった都会育ち女性の「農業ライフ」

「農業を扱った作品」の第二弾は、甘沢林檎『農業男子とマドモアゼル』(富士見L文庫、2017年)です。農業についての知識は皆無、関心さえなかった都会育ちの女性が、長野県の田舎で農業に携わることに。恋心を抱くようになる、実直で面倒見の良い地元の青年。彼に支えられながら、少しずつ農業経営の世界(「農業ライフ」)に馴染んでいく彼女の姿が優しいまなざしで描かれています。「農業入門小説」と言えるようなコンテンツになっています。

 

[おもしろさ] どういう段取りに行っていけば良いのか

本書の魅力は、農作業をどのような段取りで行えばよいのかを、知識を持たない素人にもとてもわかりやすく示している点にあります。作品の中に出てくる一連の流れを紹介すると、「畑のどこに何を植えるのかという配置図を作る」→「実際に育てる野菜を選ぶ」→「それぞれの作物に合った土づくりを行う」→「土壌を分析する」(役場でやってくれる)→「石灰やぼかし肥料なんかの土に入れる資材、トマトやナスの支柱や黒マルチ類」などを調達する→「追加で入れる肥料や病害虫の農薬、さらには苗」を購入する。こうした準備を経て、播種・生育・収穫とつながっていくのです。

 

[あらすじ] 早瀬恵里菜と吉川優真との出会い

広告代理店で派遣社員として働いていた早瀬恵里菜は30歳。とびっきりの美人というわけではなく、性格もけっして悪くはありません。ごくごく普通の人生を歩んできました。ところが、彼氏にフラれ、職を失ってしまったことで、彼女の人生は大きく転換することに。旅行気分で申し込んだ婚活バスツアーで赴いたのは、長野県長依田町。山間ののどかな町です。婚活パーティーで、イケメンの吉川優真26歳と出会います。「農業っていいですよね。スローライフって感じで。私も憧れ……」と恵里菜。その言葉に、「全然スローライフじゃないけど……。農業舐めてんの?」。優真は怒りを隠しません。東京に戻った恵里菜は、人生設計が狂ったことで、「いっそのこと、舐めてると思われた農業をやってやろうじゃないか」と決意。再び、長依田町を訪れた彼女は、移住と農業の相談に乗ってくれるという役場で、住居と農地を斡旋されます。そして、アドバイザーとして紹介されたのが、なんと優真だったのです。農業に関してはまったくなにも知らない恵里菜に対して、優真は、農業経営の初歩から指導・アドバイスを行っていきます。そして、研修を兼ねて、自分の経営する農地でアルバイトを体験してもらうことまでサポートしてくれるのでした。