経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

『大神兄弟探偵社』 - 「来たれ、難事件。退屈な案件はお断りします」

ある人物が行方不明。どんな行動をしているのかわからない。そのようなとき、調査を依頼すると、情報を集めてくれる仕事を請け負ってくれる探偵。聞き込み、尾行、張り込みなど、ときには警察官が犯罪者を追い込んでいくのと似通った行為も行います。具体的には、人探し、身辺調査、行動調査、浮気調査などを遂行し、困っている人には、頼もしい存在となってくれるのです。探偵になるのには、弁護士や会計士のような資格がありません。たとえ十分な能力が備わっていない場合でも、公安委員会に届出を提出すれば、すぐにでもなることができるのです。では、探偵業を円滑に遂行できる力量とはいかなるものなのでしょうか? 今回は、探偵業務の一端を垣間見ることができる異色作品を二つ紹介します。

「探偵を扱った作品」の第一弾は、里見蘭『大神兄弟探偵社』(新潮文庫、2014年)です。神楽坂の古民家を拠点とする大神兄弟探偵社は、気に入った仕事しか引き受けません。しかも依頼料はけた外れの高額。そんなユニークな探偵事務所に持ち込まれるのは、実に複雑で厄介な依頼です。大神兄弟探偵社と「闇の組織」との間で繰り広げられる、絵画の盗難事件に関する壮絶なバトルが描かれています。

 

[おもしろさ] 巨悪を追い込んでいくプロセスのスリリングさ

探偵業に必要不可欠な頭脳・人脈・技・体力という四要素。それらをひとつの組織のなか「分業」という形でうまく組み込んだ探偵事務所「大神探偵社」。本書のおもしろさは、同探偵社が四つの要素を駆使して巨悪の犯人を追い詰めていくプロセスのスリリングさに尽きると言っても過言ではありません。そうです、実にスリリングなのです! 

 

[あらすじ] 頭脳・人脈・技・体力という四つの要素

江戸川区にある臨海現代美術館から、デニス・キャンベルの『明るい部屋』という時価20億円の抽象画が盗まれました。容疑がかけられたのは、記憶喪失となった学芸員の直江百合。彼女の妹である直江麻耶と親しい同級の大学一年生・城戸友彦は、麻耶の助けになればという一心で、神楽坂にある大神兄弟探偵社を訪ねます。同社のサイトに掲げられているのは、「来たれ、難事件。退屈な案件はお断りします。お引き受けするのは、私が興味を持った事件のみ」というキャッチフレーズと、連絡先のみ。実に「不親切なサイト」なのです。同社の代表である大神鏡市が友彦に提示した依頼料はなんと3000万円。払えるはずもない額なので、彼はその日から3年間同事務所で働くことを余儀なくされます。こうして、四つの要素がひとつの探偵事務所に集約されることになったのです。「頭脳」担当の鏡市は、「大神茶寮」の亭主も兼ねています。政財界に顔が広く、「人脈」を担当するのは、鏡市の双子の弟である辰爾。茶寮の切り盛りを任されている人物です。そして、手先が器用で、奇想天外の秘密道具を作る「技術」担当は、大神家に同居している雨宮黎。さらに、パルクール(「走り、跳躍し、登る」というフリーランニング)が得意の城戸友彦は、「体力」担当として機能。かくして、絵画の奪還を試みるための条件整備は整ったのです。