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『隠されたパンデミック』 - ウイルスとは? 感染症とは? 対策とは? 

パンデミックを扱った作品」の第二弾は、岡田晴恵『隠されたパンデミック』(幻冬舎文庫、2009年)です。鳥に由来し、重症の全身性疾患を引き起こす強毒性のH5N1型ウイルスとは異なり、豚に由来し、主に呼吸器感染を引き起こす弱毒性のH1N1型ウイルスによってもたらされる感染症の発生と対策が描かれています。『首都感染』では、感染症に対して造詣の深い医師が厚生労働大臣を務め、スピード感を持って感染対策を推進する姿が描かれていました。それとは対照的に、本書では厚生労働省の対策の甘さ・脆弱さが浮き彫りにされています。

 

[おもしろさ] 当局の動きが鈍く、マスコミも無関心。だが……

ウイルス学者の間で、強毒性のH5N1型鳥インフルエンザから新型インフルエンザが発生し、パンデミックになることに対する懸念が広がっていました。にもかかわらず、厚生労働省新型インフルエンザ対策は足踏み状態。ワクチン対策にも、後ろ向き。そのうえ、マスコミの報道も減っており、国民もほとんどが無関心。本書は、そのような状況下で、新型インフルエンザによる感染拡大が生じた場合の展開を浮き彫りにしています。ウイルスとは、また感染症とはなにか? どのような対策が有効なのか? いま起こっている新型コロナウイルスによる感染拡大に対して、どのような考え方で臨めばよいのか? 大変参考になるコンテンツが満載されています。「季節性インフルエンザに対しては、国民のほとんどが、何回も感染した経験があり、さらに、ワクチン接種で免疫も持っている。それでも、日本だけでも毎年1000万人程度の人が感染発症し、1シーズンに6000人~3万人も亡くなっている」。「免疫がない分だけ、感染を受けやすく、感染すれば季節性インフルエンザよりも重症化しやすい。そして、国民の6割程度が感染を受けて免疫を持つに至るまで、2回、3回と流行は波のように繰り返される」。「個人的には、感染するか、ワクチンで免疫を持つか、とにかくどちらかで免疫を持たねば解放されない」。

 

[あらすじ] ウイルス学者の苛立ちと行動

国立伝染疾患研究所に勤務するウイルス学者の永谷綾。科学的な根拠に依拠してポイントをずばり指摘する力があり、行動力は抜群。同研究所ウイルス部長の大田信之にとっては、最も信頼できる部下でした。パンデミックに対する危機管理は、「備えあれば憂いなし」の通り、最悪のシナリオを想定し、事前準備が不可欠。ところが、厚労省の医療官僚は、積極的に準備しようとはしない。綾は、新型インフルエンザ対策の不備や想定被害の甘さなどに、大田ともども大きな苛立ちを感じています。不備を追求するものの、それが引き金となって、退職を余儀なくされます。頃を同じくして、弱毒性インフルエンザが発生することに。綾は、政界や経済界に直接訴えることで、活路を切り開いていきます。

 

隠されたパンデミック (幻冬舎文庫)

隠されたパンデミック (幻冬舎文庫)

  • 作者:岡田 晴恵
  • 発売日: 2009/10/01
  • メディア: 文庫