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『首都決壊』 - 防災対策を担う官邸・顧問団の呆れた言動と判断ミス

「大災害を扱った作品」の第二弾は、安生正『首都決壊 内閣府災害担当・文月祐美』(祥伝社文庫、2022年)。荒川上流を襲った記録的豪雨と東電の変電所を破壊した巨大な竜巻によって火ぶたを切った首都・東京の危機。しかし、防災対策の司令塔であるはずの官邸・内閣は、主体性がありません。政策ブレーンの顧問団の的外れな指令に盲従し、判断ミスを重ねていきます。内閣府防災政策企画官の文月祐美は、そうした官邸・顧問団のやり方に抗して、被害の最小化をめざそうとするのですが……。大災害による被害がどのようにして広がっていくのか、その過程で、人々の言動が、どのように変わっていくのか、よくわかる作品です。防災専門官という仕事の真髄が理解できることでしょう。

 

[おもしろさ] 臨場感、情けない実態、実行のむずかしさ

本書で描き出されているのは、①竜巻と豪雨によってもたらされた混乱から始まり、インフラの機能不全、帰宅困難者の増加、暴動のリスクといった大災害がもたらす一連の流れとそれらの臨場感、②災害に適切な対応策を打ち出すことを使命とする官邸の指示がことごとくピント外れに終始しているという情けない実態、③もし官邸のやり方に間違いがあれば、それを正すのが災害対策を担う官僚たち(防災対策統括官・企画官など)の役割であるにもかかわらず、それを実行に移すことのむずかしさなどです。

 

[あらすじ] 「逃げない勇気」と「行政官を志したときの夢」

7月某日、猛暑の金曜日、千葉県北西部の野田市にある東京電力の新野田変電所が、巨大な竜巻により壊滅的な被害をこうむります。停電により、交通機関も麻痺状態に。一方、豪雨によって荒川の水かさがどんどん増して氾濫危険水域に迫り、のちに決壊します。そうした異常事態を受けて、総理大臣官邸内の危機管理センターにおいて緊急災害対策本部の会議が開始。ところが、大災害対策の経験がない閣僚たちは「素人集団」。それぞれが「思いつきの意見」を述べるので、どんどんあらぬ方向に引きずられていきます。具体的な方針は、怪しげな顧問団に「丸投げ」状態。対応は、すべて「場当たり的」。うまくいかなければ「東京都のせいにすればよいだけ」という考え方なのです。災害の前線で、なんとか復旧に努力している人たちにとっては、官邸の指示は、役に立たないどころか、かえって混乱を招くものとしてしか受け止められていません。文月祐美が、そうした官僚・顧問団と対峙しながら、自らがやるべき本来の仕事を遂行していくように変わっていくには、被害の深刻さがさらに増していくのを待たなければならなかったのです。加えて、先輩格の行政官から、「ただ一生懸命なだけでは足りない」、「最後まで逃げない勇気が必要」、「よそ見をしないで、行政官を志したときの夢を実現させるために走り続けなさい」と諭されたこともまた、大きな原動力になったのです。