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『内閣裏官房』 - 不祥事や不正を秘密裏にもみ消し、尻ぬぐいをする

経済小説・お仕事小説に登場する組織と言うと、多くの場合、企業・地方自治体・公的機関など、実在の組織が想定されています。が、「架空の組織」もしくは「公にはされていない極秘組織」といった、「謎めいた組織」が描かれるケースがないわけではありません。その場合、リアリティが希薄になるのを避けるための工夫が、著者に求められることになります。今回は、そうした謎めいた「極秘組織」に焦点を合わせた二つの作品を紹介します。

「極秘組織を扱った作品」の第一弾は、安達瑶『内閣裏官房』(祥伝社文庫、2020年)。内閣官房長官を補佐するのは、3人の副長官。副長官のうち、二人は政治家で、一人が官僚出身者です。本書で登場するのは、後者の官房副長官(事務方の事実上のトップ)の元に設置される「内閣官房副長官室」と言うことになります。ただ、「内閣裏官房」というタイトルに示されるように、存在自体が知られておらず、内閣府の組織図にも書かれていません。政府ならびに与党の足を引っ張る「案件」(不祥事や不正など)を「処理」する(秘密裏にもみ消し、尻ぬぐいをする)という「裏仕事」を担うプロ集団の姿が描かれています。

 

[おもしろさ] 「ナイナイに、且つなるべく穏便に迅速に」

「官邸御庭番」と揶揄されることもある内閣官房副長官室とは、いかなるものなのでしょうか? 政治家や官僚たちの不祥事やスキャンダルが発覚すると、大騒ぎになります。したがって、発覚する前、兆候が認められるや否や、「ナイナイに、且つなるべく穏便に迅速に処理して、場合によっては自ら辞職させるとか、長期入院させるとか、政局に響かないように」仕向けていくわけです。「非常に厄介なワリに、全然評価もされない仕事」と言えるでしょう。しかも、ここで処理された件については、「一切口外しない。家族にすら言わない。自伝にも書かない。いかなるインタビューでも話さない」と、約束されられるのです。本書の特色は、秘密裏に行われる「内閣裏官房」を構成するメンバーたちの活躍と仕事ぶりをリアルに、そしてスリリングに描写している点にあります。

 

[あらすじ] 「強気で、シガラミにビビらずどんどん行ける」

永田町の雑居ビルに、人知れず存在する「内閣官房副長官室」。そこに転属されたばかりの上白河レイ。部屋に赴くと、どんな仕事をするのか、まったく説明されないまま、いきなり、車に乗せられ、「政治家のバカ息子を見請けし」に、警視庁に直行します。同行するのは、チーフの津島健太郎(警視庁捜査二課から出向中)、等々力建作(外務省に籍をおき、主要な外国語と外国の事情に精通し、パソコンに詳しく、画像の扱いに長けている)、石川輝久国税庁査察部からきている。数字とネットワークにメチャ強い)の三名。そのとき、「早い話が、バカどもがくだらない事件を起こして新聞ダネになるのを防ぐ」という、組織の役割の一端を知らされます。引き取りにきたのは、副総理にして与党の重鎮である鴨居の一人息子・鴨居崇18歳(高校3年生)。渋谷のセンター街で大酒を食らって暴れたうえ、店内を無茶苦茶にして数人をぶん殴ったのです。ところが、「オヤジが大物政治家だから、何をしても大丈夫なんだよな!」と、反省のそぶりさえを見せません。崇を「ワガママくそバカ野郎」と呼び、彼の顔に往復ビンタを浴びせたレイ。社会人として、ここはケジメをつけるべきだと考え、「短い間でしたが、ありがとうございました」と言ったレイ。でも、「まあ、いいんじゃないの」という返答が。そもそも、レイを引っ張ったのは、室長の御手洗嘉文。彼は、「君みたいに強気でイケイケの、シガラミにビビらずどんどん行ける、若いヤツが欲しかったんだよ。女性であることも重要だ。おれらみたいなオッサンだけじゃあ、行動力にも考え方にも偏りが出てしまうからね」。不思議なことに、殴られた崇は、その後も、人なつっこい笑いを浮かべて、レイの傍に出現することになります。次に、レイが遭遇することになるのは、選挙違反事件の疑いがもたれている竹山美智郎衆議院議員私設秘書の「死亡事件」。東京都監察医務院に赴き、全裸状態の男性遺体を見せられても、陸上自衛隊の「特殊作戦群」にいたレイは、目を背けることなく、「一気に心臓を切り裂くように襲撃してますね」と、「的確な仕留め方」からプロの犯行であると見抜きます。こうして、レイたちの真相解明がスタートします!