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『男役』 - 宝塚の男役になるために必要なことは? 

「俳優を扱った作品」の第二弾は、中山可穂『男役』(角川書店、2015年)。宝塚歌劇団タカラジェンヌをモデルにした、中山可穂版「オペラ座の怪人」ともいうべき作品です。同じ著者の手による姉妹版として、『娘役』が刊行されています。

 

[おもしろさ] 男役スターの苦悩の大きさと「神がかり的な力」

宝塚歌劇団の男役トップスターになり、その座に座り続けるには、どのような条件が必要なのでしょうか? 華のある存在感、勘と度胸、本質を理解する頭の良さ、それを形にして表現できる声など、多岐にわたっています。さらに、男役の立ち方、歩き方、声の出し方などを全部緻密に計算して自分の型を作りこんでいかないといけません。一人前になるには、何年もの経験が不可欠。ともかく「研究、研究、ひたすら研究」することを余儀なくされるのです。しかも、大劇場の舞台では、まるで「魔物」のようなプレッシャーで押しつぶされるような感覚に陥ってしまいます。そこで、トップスターに寄り添い、ときにはアドバイスを与えたり、失態をカバーしてくれたりと、見守り育ててくれる「守護神」の存在が語り継がれる余地が出てくるのです。トップは、まさに「神によって選ばれし特別な存在」。この本の魅力は、「守護神」によるサポートという形で、男役スターの苦悩の大きさと、それを克服する際の「神がかり的な力」の介入を示唆していることにあるのではないでしょうか? ただ、それをクリアするときには、「気が遠くなりそうなほどの快感」が待ち構えていることもまた真実なのです。

 

[あらすじ] 守護神ファントムさんに見込まれたひかる

研究科3年の永遠ひかるは、『セビリアの赤い月』新人公演の主役の男役(アントニオ役)に大抜擢。宝塚に入った時から、この瞬間を夢見てきたはずなのに、いざその瞬間が訪れてみると、喜びよりも恐怖心のほうが先立てしまいます。願ってもないチャンスなのに、地獄の始まりとして感じ取られざるをえなかったのです。新人公演は、本公演の間にわずか一回だけなのですが、稽古の時間が十分に確保されないのです。本公演の時の本役の動きを食い入るように見て覚えるしかないのです。本役を演じるのは、宝塚随一の人気を誇る如月すみれ、月組のトップスターです。緊張・ストレス・不安・孤独感は、半端なものではありませんでした。しかし、ひかるは、大劇場の奈落に棲みつく宝塚の守護神ファントムさんの助けを受けることに。ファントムさんとは、50年前、トップになって二日後に悲劇的な舞台事故で亡くなった伝説の男役スター扇乙矢の「生まれ変わり」として語り継がれてきたものでした。ファントムさんに見込まれた子は、必ずトップになれると言われてきたのです。

 

男役 (角川文庫)

男役 (角川文庫)

 
娘役 (角川文庫)

娘役 (角川文庫)