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『サンセット・サンライズ』 - 東北の田舎町から始まったビジネスモデル

「起死回生のビジネスモデルを扱った作品」の第二弾は、楡周平『サンセット・サンライズ』(講談社、2022年)。コロナ禍で一般化することとなった「テレワーク」。それが「過疎化・空き家問題・後継者不足」といった地方が抱える諸問題とつながったときに生じるビジネスモデルとは、どのようなものなのか? 大手電気機器メーカー「シンバル」で働いている西尾晋作、同社の大津誠一郎社長、宇田濱町役場に勤務している関野百香の三人が織りなす一大物語。

 

[おもしろさ] チャンスの素は、常に万人の目の前にあるもんだ! 

短期間の滞在ならいざ知らず、地方への移住を決めるのは、簡単ではありません。①働ける職場の不足、②密な人間関係の煩わしさ、③生活環境の違い、④学校や医療施設の少なさ、⑤娯楽施設の少なさなど、都会の便利さが染みついている人にとっては、高いハードルが待ち受けています。しかし、環境や景観の良さ、豊かな「海と山の幸」など、魅力もまた極めて大きいものなのです。本書は、そうした難点を乗り越えるだけではなく、地域の再生に結びつく新しいビジネスモデルが実現されるまでの長い道のりが描かれています。「私はねえ、チャンスってもんは、常に万人の目の前に転がっているもんだと思っているんだ。人は成功者に対して、あの人は運を持っているとかいうけどさ、それはね、気がつくか気がつかないか、チャンスが来た時の備えができているか、できていないかの違いでしかないとね」。

 

[あらすじ] 「お試し移住」から始まりました! 

シンバル東京支社財務部資産管理課で働いている西尾晋作36歳。海釣りが大好きで、土曜日は未明に起床し、主に関東県の漁場を訪ねるのを常としています。2020年3月、コロナ騒動が簡単には収まらないと見越した大津誠一郎社長の意向で、「大阪本社、東京支社の管理部門の業務をテレワークにする」ことが決まります。大津は、シンバル躍進の立役者。79歳になったとはいえ、まだまだ元気。最高経営責任者(CEO)として、経営の最前線で指揮を執っています。業務のテレワーク化を機に、晋作は、海に近い田舎に移住することを考え始めます。そして、宮城県北部の町・宇田濱に、家賃8万円、築9年、家具家電生活用品付き、3LDK、二階建ての白亜の戸建住宅をネット上で発見。リビングからのサンライズの景観は息をのむほど美しいものだったのです。家の持主は、町役場の職員である関野百香。4月から企画課に異動し、空き家問題の仕事をすることになっています。義理の父に当たる漁師の関野章夫とは、夫亡き後も同居しています。あまりにも良い条件と環境にひかれ、「お試し移住」を開始した晋作。コロナ禍に伴う二週間の隔離期間中は、不自由な生活を強いられますが、その後は、山と海の幸に大満足の毎日を過ごすようになります。地域の住民たちとのいざこざを経験しながらも、百香との協力と大津社長の支援を引き出しながら、晋作は、ある事業を思いつき、実行に移していきます。