「女性記者を扱った作品」の第二弾は、仙川環『細胞異植』(新潮文庫、2014年)。大日新聞北埼玉支局に赴任した記者・長谷部友美の成長物語。「馬力もある。少なくとも、プライベート優先でなるべく効率的に仕事をしたい最近の若いもんとは、目つきも気構えも違う。ただし、お前には致命的な欠陥がある。いちいち上の顔色をうかがっちまうところだ。だから北埼玉支局に送り込めと部長に言ったんだ。あそこで、いくらせこく立ち回ったって、全国版で記事は大きくならない。そういう場所で、自分は何ができるか、何がしたいか地に足をつけて考えてみろってことだ」。元上司で、東京本社社会部の竹原デスクの指摘です。原題は、『流転の細胞』。
[おもしろさ] 「ギスギス」から「キラキラ」に
北埼玉支局に赴任してから、なぜか「イライラ」と「ギスギス」の繰り返し。およそ楽しさとは無縁の日々。早くおさらばしたい。そのために実績を作りたい、一旗揚げなきゃならない。そんな思い込みが強くなっていたのかもしれません。しかし、「リード文」で紹介した竹原の言葉に示されるように、赴任以前から、友美には一人前の記者としてまだまだ至らないところが多々あったのです。ところが、赤ちゃんポストに関する取材で、謎に満ちた石葉宏子という人物の生き様を知るにおよんで、心の中に大きな変化があらわれるようになります。友美の言動を表現するイメージが「ギラギラ」から「キラキラ」に変化したのです! 記者という仕事の真髄に触れていくプロセスであったと言い換えることができるかもしれませんね。
[あらすじ] 「赤ちゃんポスト」から「胎児細胞移植
大日新聞北埼玉支局の長谷部友美は、6年目の記者。最初は、静岡支局で1年間、県警でサツ回り。2年目と3年目は県庁の記者クラブ詰めで、地方行政を取材。その後、2年間は、名古屋支社社会部で、遊軍として事件取材の応援から「暇ネタ(街ネタ)」までなんでも行いました。北埼玉支局は、支局長の永沢礼治との「二人支局」。友美にとって、当面のテーマは、阿尾記念病院で実施することになった「赤ちゃんポスト」。国内初ではなく、二例目。その分インパクトが弱くなります。なにか「ありきたりではないもの」「記事の核になるもの」「具体的に問題提起できるポイント」などを見つけ出すことの必要性を痛感するものの、はっきりとした軸・方向性が定まりません。赤ちゃんポストに張り込むようになった友美は、嬰児を抱いた知人・石葉宏子の姿を発見。友美もよく行く「バー・ナカジマ」でアルバイトをしていた女性ですが、何か月前に突然姿をくらませていたのです。独身だと思い込んでいた宏子の行動に戸惑いつつも、行方を追いかけます。たどり着いたのは、宏子の経験した悲惨で地獄のような体験と、胎児細胞移植という先端医療の「光と影」という、とてつもなく大きな課題だったのです。