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『吠えろ! 坂巻記者』 - わがままな上司との葛藤の末に! 

新聞記者の仕事は、世の中の情報を人々に正しく伝えること。そのためには、綿密な取材・調査・学習などを通し、エビデンスを明確にしたうえで記事を書くことが求められます。ところが、取材相手が常に協力的かと言うと、けっしてそうではありません。触れられたくない場合も、稀ではありません。また、情報源が胡散臭い場合もしばしばです。が、どのような状況下でも、彼らはあの手この手で「真実・真相」に近づこうと尽力するわけです。そうした努力のなかに、記者という仕事の本質・醍醐味が凝縮されているように思われます。では、実際に取材はどのようにして行われるのか、またどのように切り口を設定していくのでしょうか? 今回は、記者としての経験を活かした作品を上梓している仙川環の「女性記者」を題材にした二つの作品を通して、新聞記者という仕事にアプローチしてみたいと思います。なお、2019年10月22日~10月31日に新聞社を、2020年4月30日~5月12日に記者をテーマにした作品紹介をこのブログで行っています。関心のある方は、ご覧ください。

「女性記者を扱った作品」の第一弾は、仙川環『吠えろ! 坂巻記者』(ハルキ文庫、2014年)。中央新聞水戸支部で3年、東京本社社会部で1年過ごしたあと、新たに生活情報部に配属となった上原千穂。千穂は、食品偽装問題、花粉症対策などの企画記事を扱うのですが、直属の上司は、言葉が荒く、態度が横柄で、自分を曲げない「わがまま人間」の坂巻武士。彼のもとで四苦八苦しながらも、次第に記者としての力が鍛え上げられていきます。

 

[おもしろさ] 切り口を明確にしないまま取材を行うのか! 

本書の特色は四点です。一つ目は、超ユニークでわがままな上司の下で悩み、そして考えさせられる上原千穂の姿を浮き彫りにしていること。二つ目は、政治部や社会部といった主流派とそれ以外の部との「格差」、デスク-キャップ-ヒラ記者という「命令系統」、各部・グループの間には高い壁が横たわり、ヨコの連携が弱く、縄張り式がきわめて強いという「体質」などに示されるような、新聞社という組織の内幕・弱点・空気感といったものを描き出していること。三つ目は、記者という仕事の内容・段取りを描き上げていること。四つ目は、千穂が記者としての成長していくプロセスをフォローしていること。生活情報部に配属する前の彼女の評価はいつも「五段階評価の真ん中」。一通りの仕事はこなせるものの、ガンガン取材をかけ、取材相手に食い込み、強引にニュースを取ってくることは苦手。切り口を明確にしないまま、取材を行ってしまうことも。果たして、千穂はどのように変わっていくのでしょうか? 

 

[あらすじ] 悪運ではなく良い機会と前向きに考える

中央新聞入社5年目の上原千穂は、社会部から生活情報部(かつての婦人家庭部)に異動。彼女が配属されたのは、なぜか「ニュースを出稿するグループ」でした。そのグループは、40代半ばのキャップ・坂巻武士(「ワガママ大王」という異名の持ち主)のもと、入社12年目の柿沼達也、入社4年目の堀昇太、上原の4名で構成。初めてのミーティングで、年金問題を中心に自由に動いていいとされた柿沼とは異なり、坂巻が上原と堀に課したテーマは「食品偽装」。しかも、「偽装表示された食い物で、健康被害が生じた話を書くんだ」という細かな指示付き……。そんな上司と関わったことを恨めしく思ってしまう千穂。しかし、彼との出会いを「悪運」ではなく、「良い機会」と前向きに考えるような事態が訪れることに!