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『ツバキ文具店』 - 依頼人の心に寄り添う代書屋!

書類や手紙を書こうとしても、なかなか筆が進まない。とりあえず書いてはみたものの、果たしてこれでいいのか、自信が持てない……。だれか代わりに書いてほしい! つい願ってしまいます。本当に切羽詰まってしまったら、また身近なところに、「文章作成を代行してくれる人、つまり代書屋」がいれば、頼んでみようと考えるかもしれませんね。では、書類・手紙類の代筆を代書屋に依頼するのはどんなときなのでしょうか? 今回は、代書屋を扱った作品を二つ紹介します。

「代書屋を扱った作品」の第一弾は、小川糸『ツバキ文具店』(幻冬舎文庫、2018年)。鎌倉で「ツバキ文具店」を営むかたわら、手紙の代筆を請け負う鳩子。風変わりな事情を抱えた依頼人の心の内にまで思いをめぐらせながら代書屋稼業を行う彼女の心意気と努力が描かれています。と同時に、仲違いしたまま逝ってしまった祖母の深い愛情に気づかされていきます。2017年にNHKラジオ第1新日曜名作座」にてラジオドラマ化され、同年にNHK総合「ドラマ10」にて『ツバキ文具店〜鎌倉代書屋物語〜』と題してテレビドラマ化されました。主演は多部未華子さん、出演は倍賞美津子さん。

 

[おもしろさ] 陽の目はみないが、誰かの役に立つ! 

「手紙を書きたくても書けない人がいるんだよ。代書屋っていうのは、昔から影武者みたいなもので、決して陽の目を見ない。だけど、誰かの幸せの役に立つ、感謝される商売なんだ」。本書のひとつの魅力は、そうした代書屋の真髄に迫っている点にほかなりません。そして、もうひとつの魅力は、依頼人の心に寄り添いながら書かれた手紙の文面・文体・言い回しがどのようなものになるのか、さらに便箋・封筒・筆記用具(万年筆、ボールペン、毛筆、ガラスペンなど)・切手に至るまでの細目への配慮がどのようになされているのかを浮き彫りにしている点にあります。作品のなかで紹介されている手紙の数々。そのすべてが過不足のない「成熟」したものに仕上げられています。手紙を書くとき、だれもが大いに参考にできるでしょう! 

 

[あらすじ] 幼いころから厳しく叩き込まれたものが

幼いころから、ツバキ文具店を営んでいた祖母から徹底的に文字書きを仕込まれ、6歳にして毛筆を持たされた雨宮鳩子(愛称「ポッポちゃん」)。「文房四宝」と呼ばれる「硯(すずり)・墨・筆・紙」などに対する目配りも教え込まれます。「小学校時代はひたすら習字の修練に明け暮れ」、友人と楽しく遊んだという思い出もありません。しかし、そうした厳しい修業のおかげで、代書屋としての仕事の基礎がしっかりと身に付けることができたのです。先代の死去に伴い、鳩子は小さなお店を引き継ぎます。看板は出していないのに、近所の人や昔からの馴染み客などから代書の仕事が持ち込まれます。祝儀袋の名前書き、記念碑に彫る文章の作成、命令書・看板・賞状・お品書き・履歴書などの文字書きなど、とにかく書く仕事であればなんでも引き受けています。鳩子は、いろいろな人からの依頼を受けて懸命に取り組みながら、代書屋として成長していきます。