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『お仕事ガール!』 - 受付嬢として奮闘し、さらには人事総務部の刷新に挑む

「受付嬢を扱った作品」の第二弾は、朝戸夜『お仕事ガール!』(メディアワークス文庫、2016年)です。大手総合商社「おたふく商事」の受付嬢となった水原時子の奮闘記。そこでの活躍が評価され、のちに人事総務部の刷新に身を投じることになります。受付業務の大変さ、それが派遣社員やアルバイトなどの非正規労働者に依存していることに由来する危うさ、互いに助け合おうとせず、「ブラック職場」と化し、急な退職や病気で欠員が相次いでいる人事総務部の問題性などが浮き彫りにされています。

 

[おもしろさ] 「つなげる力」「切り開く力」「ずば抜けた根性」

本書の特色のひとつは、受付嬢のお仕事をリアルに再現していること、受付嬢たちのホンネをストレートに浮き彫りにしている点にあります。来訪者たちとの受け答えは、読んでいて、非常におもしろく、「驚き」と「なるほど」の連続。そして、もうひとつの特色は、受付嬢を統括する部署でもある人事総務部が抱える問題を、受付嬢からのちに試用期間を経て正社員に登用される水原時子が解消するための道筋をつくっていく過程が示されている点にあります。なぜそういうことが可能になったのでしょうか? それは、商社で活躍できる人に必要な三つの要素とも言える、「人と人をつなげる力」「自ら道を切り開く力」「ずば抜けた根性」を、水原時子が兼ね備えていたからです。「セクションを越えて助け合う風潮や精神はない。意地でも自分たちのことは自分たちで何とかする。企業戦士のプライドが作り上げた、目に見えない高い壁」に風穴を開けることが望まれていたわけです。

 

[あらすじ] 何事にもひるまない水原時子

水原時子25歳は、大学を卒業してから、約3年間、アパレル企業でひたむきに働いていたのですが、倒産を憂き目に遭います。ところが、付き合って5年目になる恋人の綾野奏多(大学院生)から人材急募の情報を受けた時子は、おたふく商事にアルバイトとして採用され、受付嬢に。出社初日、責任者である人事総務部の澤島桜(奏多の大学時代のサークルの先輩)から、受付リーダーの華村椛(もみじ)が急な事情で2時間ほど出社が遅れるとの伝言が。彼女が来るまでの間、時子は、いきなり、ひとりで受付業務を任されることに。さっそく受付業務で必要最低限のこと(内線・外線の扱い方、来客の案内の仕方、会議室の貸し出しの仕方、来訪者からよく聞かれる施設の場所、来訪者への注意点など)に関する説明を15分間受けます。そして、「決して笑顔を忘れないでください。受付は企業の顔。今から貴方は『おたふく商事の顔』なんです」と言われたのです。始業とともに、受付には実にたくさんの来訪者がやって来ます。「猫の手を飛び越して聖徳太子と千手観音の手を両方借りたいほどの忙しさ」に見舞われた時子。2時間後、悪びれる様子などいっさいなしの椛が出社すると、なぜかばたりと来訪者の波は途絶えてしまいます。代わりに「あれが違う」「この置き場も違う」「アポなし営業のチラシを受け取っちゃダメ」……。華村の小言が続いたのです。ただ、椛は、「接客の女神」という異名を持つほど、接客態度は美しく、時子は深い衝撃を受けることに。にもかかわらず、根は「ヤンキー」。ドタキャン癖を治すことができません。そのため、ほかの受付嬢たちも真似してシフトをドタキャンするという悪しき現象が……。何事にもひるまない受付嬢・時子の奮闘記がこうしてスタート。さらに、物語の後半では、彼女が人事総務部の刷新に貢献するという流れがつくられていくことになります。